ていって、停《と》めようとしても停まらないそうである。
(早く、五分間たってくれますように。そして重力装置が、一刻も早くなおりますように!)
と、三郎が念じていると、ちょうどその目の前のコーヒー沸しから、妙なものが這《は》いだしてくるではないか。
「あっ、なんだろう、あれは……」
茶色の飴《あめ》ん棒《ぼう》みたいなものが、コーヒー沸しの口から、にゅーっと横にのびてくる。それは箸《はし》ぐらいの長さになり、それから更にのびて、先生の鞭《むち》ぐらいの大きさにのびた。
「おやおや、たいへんなことになったぞ。一体、あれは何だろうな」
そのうちに、その茶っぽい棒が、ふらふらしながら、室内をおどるように、うごきだした。しかも、ますます長くなっていく。
三郎は、すっかりきもをつぶしてしまったが、ようやくこのときになって、あれは重力をうしなったコーヒーが外へ流れだしたのだと気がついた。
つまり、コーヒー沸しの中では、圧力のつよい蒸気ができて、その圧力でもって、コーヒーの液を口から外へ押しだしたのである。それにはずみがついて、いつまでも、コーヒーは長い棒になって出てきてやまないのであった。
「さっき鳥原さんから、重力のなくなったときの味噌汁の話をきいておかなかったら、ぼくはコーヒーのお化けを見たと思ったにちがいない」
と、三郎は、ためいきをついた。彼のひたいには、ねっとりと、脂汗《あぶらあせ》がでていた。
艇長の安否《あんぴ》
重力装置故障中の五分間は、とても永かった。
三郎は、空中をのたうちまわるコーヒーにさわるまいと、部屋中をにげまわっていた。あのコーヒーの棒にさわれば、たちまち大火傷《おおやけど》をしてしまう。
コーヒーの棒は、まわりに白い湯気《ゆげ》をからませながら、いじわるく三郎をおいかけまわすのであった。
「ああ、早く重力装置が、なおらんかなあ!」
三郎は、あやつり人形のように、ふわりふわりと、身体をかわした。しかし、思わず力がはいりすぎて、いやというほど顔を壁にぶっつけたときは、目から火が出たように思った。
とつぜん、彼の耳に、あやしい響《ひびき》がはいった。
「あれは何?」と、考えてみるまでもなかった。それは、扉をへだてて、奥の寝台の上で寝ている辻艇長の例のいびきだった。
「ああ、艇長は、まだ、よくねむっていられる!」
ふだん
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