太平洋雷撃戦隊
海野十三
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)欄干《らんかん》
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)第八|潜水艦《せんすいかん》
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)×領ハワイ[#「ハワイ」に傍線]島
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軍港を出た五潜水艦
謎の航路はどこまで
「波のうねりが、だいぶ高くなって来ましたですな」
先任将校は欄干《らんかん》につかまったまま、暗夜《あんや》の海上をすかしてみました。
「うん。風が呻《うな》りだしたね」
そういったのは、わが○号第八|潜水艦《せんすいかん》の艦長|清川大尉《きよかわたいい》です。
司令塔に並び合った二つの影は、それきり黙って、石像のように動こうともしません。今夜もまた、第十三潜水戦隊は大波の中を、もまれながら進んでいるのです。
暗澹《あんたん》たる前方には、この戦隊の旗艦第七潜水艦が、同じように灯火《あかり》を消して前進しているはずです。又、後には、第九、十、十一の三艦が、これも同じような難航をつづけているはずです。五分おきにコツコツと水中信号器が鳴って、おたがいが航路から外《そ》れることのないように、警戒をしあっています。
この五隻の○号潜水艦が、横須賀軍港を出たのは、桜の蕾《つぼみ》がほころびそうな昭和○年四月初めでありました。それからこっちへ、もう一月ちかい日数がたちました。その間、どこの軍港にも入らないし、島影らしいものも見かけなかったのでした。
もっとも水面をこうやって航行するのは、きまって夜分《やぶん》だけです。昼間は必ず水中深く潜航を続けることになっていましたので、明るい水上の風景を見ることも出来ず、水兵たちはまるで水中の土竜《もぐら》といったような生活をつづけていたわけでした。
とにかくこんなに永い間、どこにも寄らないで、一生懸命走っているということは、今までの演習では、あまり類のないことでした。
「どうも、本艦はどの辺を航海しているのか判らんねえ」
第八潜水艦の兵員室で、シャツを繕《つくろ》っていた水兵の一人がいいました。
「もう二十五日もたつのに、どこの根拠地へも着かないんだからね」
それにこたえた水兵が、手紙を書く手をちょっと休めて、あたりの戦友をグルッと見廻しました。グルッと見廻すといったって、まるで樽の中のような兵員室です。右も左も、足許を見ても天井を仰いでも、すぐ手の届きそうなところに大小のパイプが、まるで魚の腸《はらわた》を開いたように、あらゆる方向に匍《は》い並んでいます。
「第一不思議なのは本艦の方向だよ。或時は東南へ走っているかと思うと、或時は又真東へ艦首を向けている」
「そうだ。俺は昨夜《ゆうべ》、オリオン星座を見たが、こりゃひょっとすると、飛んでもない面白いところへ出るぞと思ったよ」
「面白いところへ出るって、どこかい。おい、いえよ」
「うふ。その面白いところというのはな」
「うん」
「それは……」
と、先をいおうとしたときに、室内に取付けてある伝声管が突然ヒューッと鳴り出しました。丁度その側に「猿飛佐助《さるとびさすけ》」を夢中で読んでいた三等兵曹が、あわてて立ち上ると、パイプを耳にあてて聞きました。何だか向うから怒鳴っている声が洩《も》れて聞えます。
「はいッ、判《わか》りましたッ」
パイプをかけて、一同の方に向いた兵曹は厳格な顔付で叫びました。
「兵員一同へ艦長から重大訓令がある。直《ただち》に発令所へ集合ッ!」
皆、手にしていたシャツも手紙も、素早く箱の中へ片付けると、ドヤドヤと立ち上って発令所の方へ駈足です。何しろエンジンとエンジンの間をぬけ、防水|扉《ドア》のところで頭を打ちつけそうになるのをヒョイとかがんで走りぬけるのですから大変です。あわてると駄目です。
宣戦布告の無電
雷撃隊の任務重し!
発令所には、さっきまで司令塔にいた艦長と先任将校とが、いつの間にか儼然たる姿を現しています。そして艦長の清川大尉の手には、一枚の紙片が、しっかと握られています。
「全員集合しましたッ」
当直将校が報告をいたしました。
「気を付けッ」
一斉に、サッと、全員は直立不動の姿勢をとりました。何とはなしに、激しい緊張が全身に匍いあがってきて、身体が細かく震えるようです。
艦長は、一歩前へ進みました。
「唯今、本国から重大なる報告があったからして、一同に伝える」艦長は無線電信を記《しる》した紙片をうやうやしく押戴《おしいただ》いて、「大元帥陛下には、只今、×国に対して宣戦の詔勅《しょうちょく》を下し給うた」
×国へ対して宣戦布告――一同は電気にでも触れたように、ハッとしました。乗組員たちは、かねてこういうことがあろうかと覚悟をしていたものの、いよいよ詔勅が下ったとなると、俄かに血が煮えくりかえるようです。思わずグッと握りしめた拳《こぶし》に、ねっとり汗が滲《にじ》みでました。
「皇国のために万歳を唱える」艦長は静にいいました。しかしその両眼は忠勇の光に輝いていました。
「大日本帝国、万歳!」
「ばんざーい」
「ばんざーい」
「ばんざーい」
艦内は破《わ》れんばかりに反響しました。
「次に――」艦長は語を改めました。「南太平洋に出動中の連合艦隊司令長官閣下から、本戦隊の任務について命令があったが、それを報告するに先立て、本艦の現在の位置について述べる」
乗組員は、いまや待ちに待った本艦の位置が判るんだと知って、思わず唾をゴクリとのみこんだのです。
「――本艦は現在、米国領ハワイの東方約二千キロの位置にある」
乗組員は、思わず口の中で、「あッ」と小さい叫び声をあげました。
ああ、×領ハワイ。
×国艦隊が太平洋で無二の足場とたのむ島。大軍港のあるハワイ。
そのハワイを更に東へ二千キロも、×国本土に近づいたところに、わが潜水戦隊は入りこんでいるのでした。
まるで×の巣の中です。ちょいと手を伸ばしただけで、すぐめぼしい相手にぶつかれるのです。またそれだけ自分の身の上に大危険があるわけですが、そんなことを気にかけるような乗組員は、一人もありませんでした。それにしても、わが潜水戦隊の、この遥《はる》かなる遠征の使命は、いかなることでありましょうか。
「最後に、本戦隊に下された命令を読みあげる」艦長はぐるりと一同を見まわしました。
「連合艦隊司令長官命令。×領ハワイ[#「ハワイ」に傍線]島パール[#「パール」に傍線]軍港ニ集リタル×ノ大西洋及ビ太平洋合同艦隊ハ、吾ガ帝国領土占領ノ目的ヲ以テ、今ヤ西太平洋ニ出航セントセルモ、ハワイ[#「ハワイ」に傍線]根拠地ノ防備ニ一大欠陥アルヲ発見セリ。ヨリテ直《タダチ》ニ二個師団ノ陸兵及ビ多数武器ヲ大商船隊ニ乗セ、パナマ[#「パナマ」に傍線]運河ヲ通過シテハワイ[#「ハワイ」に傍線]ヘ向ケ出発セシメタリ。モシコノ大商船隊ヲシテ、ハワイ[#「ハワイ」に傍線]ニ到着セシメンカ、ハワイ[#「ハワイ」に傍線]島ハ一躍、難攻不落ノ要塞トナリ、×軍ノ東洋進出ヲ容易ナラシメ、進ミテ、皇国ノ一大危機ヲ生ズルニ至ルベシ。故ニ第十三潜水戦隊ハハワイ[#「ハワイ」に傍線]ト、パナマ[#「パナマ」に傍線]運河トヲ結ブ海面附近ニ出動シ、途中ニオイテコレヲ撃滅スベシ。終」
非常に重大なる任務でした。間もなく日×両軍の主力艦隊が決戦しようという時、この大商船隊がハワイにつけば、×艦隊は岩をふまえた虎のように強くなるでしょう。又その反対に、この大商船隊を撃滅出来れば、わが連合艦隊の作戦は大分楽になります。随《したが》って、この大商船隊を葬るか、それともその商船隊を護《まも》る×の艦隊にこっちが撃退されるかによって、両軍決戦の勝敗がどっちかへハッキリきまることになるのです。
清川艦長はこのことを一通り部下に説明したのち、一段声を励ましていいました。
「大元帥陛下の御命令により、只今からわが第十三潜水戦隊は、この名誉ある任務を果そうとするのだ。――総員、直に配置につけッ」
一同はもう一度、万歳を唱えたいのを我慢して、サッと挙手の敬礼をして忠勇を誓いました。誰の顔にも、見る見るうちに、盆と正月とが一緒に来たような喜色がハッキリと浮かび上りました。操舵手は舵機のところへ、魚雷射手は発射管のところへ、飛んでゆきました。
×の駆逐艦に見つかる 八門の
大砲にねらわれての大離れわざ
勇《いさ》みに勇む第十三潜水戦隊は、その日から船脚《ふなあし》に鞭うって、東南東の海面へ進撃してゆきました、いよいよ×国は近くなる一方です。
それは宣戦布告を聞いてから、丁度六日目にあたる日の昼下《ひるさが》りのことでありました。第八潜水艦の司令塔は、にわかに活溌になってきました。
「どうも哨戒艦(見張の軍艦)らしいな」と清川艦長が叫びました。
「まだ向うは気がついていないようですね」
先任将校は双眼鏡から眼を離して、いいました。
「艦長どの、旗艦から報告です。『正面水平線上ニ×国二等駆逐艦二隻現ル』」伝令です。
「よし、御苦労」
行く手にあたって、高くあがった微《かす》かな煤煙は、だんだんと大きくなって来ます。よく見ると、成程《なるほど》それは×の二等駆逐艦が二隻並んでこちらへ進んで来ているのです。潜水艦の二倍もの快速力で走り、そして優勢な大砲を積んでいるという、潜水艦にとっては中々の苦手、その駆逐艦が、しかも二隻です。
だから、この場合潜水戦隊としては、出来るだけ姿を見せずに逃げだすのが普通なのです。
「艦長どの。司令官閣下から、お電話であります」
伝令兵は忙《せわ》しく、清川大尉の方へ報告をいたしました。
「うむ。――」
大尉が無線電話機をとりあげて見ますと、待ちかまえたように、司令官の声がしました。
その電話は、×を控えて、二分間ほども続きました。その間に、この難関を切りぬける作戦がまとまりました。
「それでは――」と司令官は電話機の彼方から態度を正していわれました。
「貴艦の武運と天佑《てんゆう》を祈る」
「ありがとう存じます。それでは直に行動に移ります。ご免ッ」
電話機はガチャリと下に置かれました。
(よオし、やるぞッ!)
艦長の顔面には、固い決心の色が、実にアリアリと出ています。
「総員戦闘位置につけッ」
そう叫んだ艦長は、旗艦はじめ四隻の僚艦の行動を、司令塔の上からじッと見ています。四艦はグッと揃って右に艦首を曲げました。そしてグングンと潜航です。見る見る波間に姿は隠れてしまいました。海上に残ったのはわが第八潜水艦一隻だけです。
「水面航行のまま、全速力ッ」
ビューンと推進機は響をたてて波を蹴りはじめました。何という無茶な分らない振舞であろう! まるで、敵の牙の中へ自らとびこんでゆくようなものです。
五分、十分、十五分……。
航路をやや外《そ》れかかった×の哨戒艦が、俄《にわ》かに艦首を向けかえて、矢のように、こっちへ向って来ます。
ああ、遂に×の駆逐艦二隻と、第八潜水艦との正面衝突――これはどっちの勝だか、素人にも判ることです。恐らく潜水艦の砲力が及ばない遠方から、はるかに優勢な駆逐艦の十サンチ砲弾が、潜水艦上に雪合戦のように抛《な》げかけられることでしょう。そうなれば一溜《ひとたま》りもありません。
しかし艦長の清川大尉は、悠々と落ちついていました。味方の四艦からは、もうかなり離れました。そのときです。
「面舵一杯ッ」
艦長の号令に、艦首はググッと右へ急廻転しました。
×の哨戒艦も、これに追いすがるように、俄かに進路をかえました。四千メートル、三千メートル……。×の四門の砲身はキリキリキリと右へ動きました。
「あッ」
八門の砲口から、ピカリ赤黒い焔《ほのお》が閃《ひらめ》きました。と同時に真黒い哨煙がパッと拡がりました。一斉砲撃です。
どどーン。どど、どどーン。
司令塔のやや後の海面に、真白な太い水柱がドッと逆立ちました。まだすこし遠すぎたよう
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