お電話であります」
 伝令兵は忙《せわ》しく、清川大尉の方へ報告をいたしました。
「うむ。――」
 大尉が無線電話機をとりあげて見ますと、待ちかまえたように、司令官の声がしました。
 その電話は、×を控えて、二分間ほども続きました。その間に、この難関を切りぬける作戦がまとまりました。
「それでは――」と司令官は電話機の彼方から態度を正していわれました。
「貴艦の武運と天佑《てんゆう》を祈る」
「ありがとう存じます。それでは直に行動に移ります。ご免ッ」
 電話機はガチャリと下に置かれました。
(よオし、やるぞッ!)
 艦長の顔面には、固い決心の色が、実にアリアリと出ています。
「総員戦闘位置につけッ」
 そう叫んだ艦長は、旗艦はじめ四隻の僚艦の行動を、司令塔の上からじッと見ています。四艦はグッと揃って右に艦首を曲げました。そしてグングンと潜航です。見る見る波間に姿は隠れてしまいました。海上に残ったのはわが第八潜水艦一隻だけです。
「水面航行のまま、全速力ッ」
 ビューンと推進機は響をたてて波を蹴りはじめました。何という無茶な分らない振舞であろう! まるで、敵の牙の中へ自らとびこんでゆくようなものです。
 五分、十分、十五分……。
 航路をやや外《そ》れかかった×の哨戒艦が、俄《にわ》かに艦首を向けかえて、矢のように、こっちへ向って来ます。
 ああ、遂に×の駆逐艦二隻と、第八潜水艦との正面衝突――これはどっちの勝だか、素人にも判ることです。恐らく潜水艦の砲力が及ばない遠方から、はるかに優勢な駆逐艦の十サンチ砲弾が、潜水艦上に雪合戦のように抛《な》げかけられることでしょう。そうなれば一溜《ひとたま》りもありません。
 しかし艦長の清川大尉は、悠々と落ちついていました。味方の四艦からは、もうかなり離れました。そのときです。
「面舵一杯ッ」
 艦長の号令に、艦首はググッと右へ急廻転しました。
 ×の哨戒艦も、これに追いすがるように、俄かに進路をかえました。四千メートル、三千メートル……。×の四門の砲身はキリキリキリと右へ動きました。
「あッ」
 八門の砲口から、ピカリ赤黒い焔《ほのお》が閃《ひらめ》きました。と同時に真黒い哨煙がパッと拡がりました。一斉砲撃です。
 どどーン。どど、どどーン。
 司令塔のやや後の海面に、真白な太い水柱がドッと逆立ちました。まだすこし遠すぎたようです。
「×艦はあわてているぞッ」
 清川艦長は微笑しました。
「もう少しだ。全速力!」
 ○号潜水艦はありったけの快速力を出して走ります。しかし、×艦はグングン近づいて、いよいよ完全に弾丸のとどく所へ迫りました。砲身には既に新たな砲弾が填《こ》められたようです。こんどぶっ放されたが最後、潜水艦はどっちみち沈没するか、さもなくても大破は免れないでしょう。乗組員の胆《きも》のあたりに、何か氷のように冷いものが触れたように感じました。
 そのときです。
 が、が、がーン。
 さッと周《まわり》をとりまいた黒煙。
「あッ――」
「やられたな、どうした伝令兵!」
 艦長の声です。弾丸は司令塔の一部を削りとって海中へ……。
「しっかりしろ、傷は浅い」と先任将校。
 ×の大砲は、いよいよねらいがきまって来たようです。いよいよ危い次の瞬間……。
「おお、あれ見よ!」
 今や追撃の真最中だった×の哨戒艦の横腹に、突然太い水柱があがりました。くらくらと眩暈《めまい》のするような閃光。と、ちょっと間をおいて、あたりを吹きとばすような大音響!
 どどーン、ぐわーン。
 ×艦の胴中から四方八方に噴き拡る黒煙。――檣《マスト》が折れて空中に舞い上る。煙突が半分ばかり、どこかへ吹きとばされる。何だか真黒い木片だか鉄板だか知れないものが、無数に空中をヒラヒラ飛んでいる。
「作戦は図に当ったぞッ」
 艦長は叫びました、×艦隊は清川大尉の第八潜水艦を見付けて、夢中になって追跡したのです。まさか他の四隻の潜水艦が隠れているとは露知らず、遂にうまうま計略に載せられて、僚艦四隻の待ちかまえていた魚雷のねらいの中へ、ひっぱりこまれたのでした。
 大きいといっても二等駆逐艦です。ドンドン傾いてゆきます。×兵は吾勝ちに海中へ飛びこんでいます。
「万歳!」
「潜水戦隊、万歳!」
 海面を圧して、どっと喜びの声があがりました。


   無念の手傷
   取残された第八潜水艦


 初陣に、×の哨戒艦二隻を撃沈して、凱歌《がいか》をあげたわが第十三潜水戦隊は、直に隊形を整えて、前進をつづけようといたしました。ところが、ここに大変困ったことが起りました。
 それは一番の手柄をたてた第八潜水艦の出入口の蓋が、敵弾に壊されたことです。これがしっかり閉じられないと、潜水することは出来ません。
 これには清川艦長は勿論のこと
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