うかと覚悟をしていたものの、いよいよ詔勅が下ったとなると、俄かに血が煮えくりかえるようです。思わずグッと握りしめた拳《こぶし》に、ねっとり汗が滲《にじ》みでました。
「皇国のために万歳を唱える」艦長は静にいいました。しかしその両眼は忠勇の光に輝いていました。
「大日本帝国、万歳!」
「ばんざーい」
「ばんざーい」
「ばんざーい」
 艦内は破《わ》れんばかりに反響しました。
「次に――」艦長は語を改めました。「南太平洋に出動中の連合艦隊司令長官閣下から、本戦隊の任務について命令があったが、それを報告するに先立て、本艦の現在の位置について述べる」
 乗組員は、いまや待ちに待った本艦の位置が判るんだと知って、思わず唾をゴクリとのみこんだのです。
「――本艦は現在、米国領ハワイの東方約二千キロの位置にある」
 乗組員は、思わず口の中で、「あッ」と小さい叫び声をあげました。
 ああ、×領ハワイ。
 ×国艦隊が太平洋で無二の足場とたのむ島。大軍港のあるハワイ。
 そのハワイを更に東へ二千キロも、×国本土に近づいたところに、わが潜水戦隊は入りこんでいるのでした。
 まるで×の巣の中です。ちょいと手を伸ばしただけで、すぐめぼしい相手にぶつかれるのです。またそれだけ自分の身の上に大危険があるわけですが、そんなことを気にかけるような乗組員は、一人もありませんでした。それにしても、わが潜水戦隊の、この遥《はる》かなる遠征の使命は、いかなることでありましょうか。
「最後に、本戦隊に下された命令を読みあげる」艦長はぐるりと一同を見まわしました。
「連合艦隊司令長官命令。×領ハワイ[#「ハワイ」に傍線]島パール[#「パール」に傍線]軍港ニ集リタル×ノ大西洋及ビ太平洋合同艦隊ハ、吾ガ帝国領土占領ノ目的ヲ以テ、今ヤ西太平洋ニ出航セントセルモ、ハワイ[#「ハワイ」に傍線]根拠地ノ防備ニ一大欠陥アルヲ発見セリ。ヨリテ直《タダチ》ニ二個師団ノ陸兵及ビ多数武器ヲ大商船隊ニ乗セ、パナマ[#「パナマ」に傍線]運河ヲ通過シテハワイ[#「ハワイ」に傍線]ヘ向ケ出発セシメタリ。モシコノ大商船隊ヲシテ、ハワイ[#「ハワイ」に傍線]ニ到着セシメンカ、ハワイ[#「ハワイ」に傍線]島ハ一躍、難攻不落ノ要塞トナリ、×軍ノ東洋進出ヲ容易ナラシメ、進ミテ、皇国ノ一大危機ヲ生ズルニ至ルベシ。故ニ第十三潜水戦隊ハハワイ[#「ハワイ」に傍線]ト、パナマ[#「パナマ」に傍線]運河トヲ結ブ海面附近ニ出動シ、途中ニオイテコレヲ撃滅スベシ。終」
 非常に重大なる任務でした。間もなく日×両軍の主力艦隊が決戦しようという時、この大商船隊がハワイにつけば、×艦隊は岩をふまえた虎のように強くなるでしょう。又その反対に、この大商船隊を撃滅出来れば、わが連合艦隊の作戦は大分楽になります。随《したが》って、この大商船隊を葬るか、それともその商船隊を護《まも》る×の艦隊にこっちが撃退されるかによって、両軍決戦の勝敗がどっちかへハッキリきまることになるのです。
 清川艦長はこのことを一通り部下に説明したのち、一段声を励ましていいました。
「大元帥陛下の御命令により、只今からわが第十三潜水戦隊は、この名誉ある任務を果そうとするのだ。――総員、直に配置につけッ」
 一同はもう一度、万歳を唱えたいのを我慢して、サッと挙手の敬礼をして忠勇を誓いました。誰の顔にも、見る見るうちに、盆と正月とが一緒に来たような喜色がハッキリと浮かび上りました。操舵手は舵機のところへ、魚雷射手は発射管のところへ、飛んでゆきました。


   ×の駆逐艦に見つかる 八門の
   大砲にねらわれての大離れわざ


 勇《いさ》みに勇む第十三潜水戦隊は、その日から船脚《ふなあし》に鞭うって、東南東の海面へ進撃してゆきました、いよいよ×国は近くなる一方です。
 それは宣戦布告を聞いてから、丁度六日目にあたる日の昼下《ひるさが》りのことでありました。第八潜水艦の司令塔は、にわかに活溌になってきました。
「どうも哨戒艦(見張の軍艦)らしいな」と清川艦長が叫びました。
「まだ向うは気がついていないようですね」
 先任将校は双眼鏡から眼を離して、いいました。
「艦長どの、旗艦から報告です。『正面水平線上ニ×国二等駆逐艦二隻現ル』」伝令です。
「よし、御苦労」
 行く手にあたって、高くあがった微《かす》かな煤煙は、だんだんと大きくなって来ます。よく見ると、成程《なるほど》それは×の二等駆逐艦が二隻並んでこちらへ進んで来ているのです。潜水艦の二倍もの快速力で走り、そして優勢な大砲を積んでいるという、潜水艦にとっては中々の苦手、その駆逐艦が、しかも二隻です。
 だから、この場合潜水戦隊としては、出来るだけ姿を見せずに逃げだすのが普通なのです。
「艦長どの。司令官閣下から、
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