、司令官も心を痛められましたが、しかし、これから先の大事な任務を思うと、ここでぐずぐずしているわけにゆかないのです。
司令官は心をきめて、第八潜水艦をあとへ残し、無事な四隻を率いて、目的のパナマ運河近くへ進むこととしました。
傷ついて取残された第八潜水艦の心細さはどんなでしょう。蓋を直しきらないうちに、もし先刻のような駆逐艦に見つかったら、今度こそは否応なく、撃沈されてしまいます。あれほどの大手柄をたてた艦に、なんと惨《むご》い御褒美《ごほうび》でしょう。
だがあくまで沈勇な清川艦長は、全員を指揮して、早速修理にとりかかりました。もうこうなったら、運は天に委《まか》せるのです。委せてしまえば、かえって朗かな気持になれます。
一時間を過ぎ、もう二時間になろうというときになって、やっと出入口の鉄蓋は、間に合わせながら役に立つようになりました。大変な努力です。そして武運に恵まれたこの艦は、その間×国の艦船にも見つからずにすみました。一同の顔には、隠しきれない喜びの色が浮かびあがりました。
「やれやれ」
「お祝いに、煙草でものもう」
一同ホッとして、腰をのばしかけたその時です。
監視兵が、俄《にわ》かに大声をあげました。
「艦長どの、×船が見えます。本艦の左舷二十度の方向です」
「なに×船!」艦長は直に双眼鏡をとって、海面を見渡しました。「うん、これは×国の汽船だな。これは大きい。まず、三万噸はある」
「軍需品を積んでいるようですな。甲板の上にまで積みあげています」
副長がそういっているうちに、汽船は急に進路を曲げて、こっちへ驀進して来ます。
「おや、あいつ、こっちへ向ってくるぞ」
「こりゃ怪しいですな。大砲を持っているわけでもないらしいですが」
「とにかく停船命令に一発、空砲を御馳走してやれ」
「はッ――主砲砲撃用意ッ」
艦内は急に緊張しました。実に危いことでした。もう三十分も早ければ、潜水艦の運命はどうなったかわかりません。
「艦長どの報告」監視兵が突然叫びました。「×船から飛行機が飛出しました。只今高度、約二百メートル」
「うん。とうとう仮面を脱ぎよったぞ、飛行機を積んでいるから、先生気が強いのだ」
「艦長どの。艦上攻撃機です」
「カーチス機だな」
艦長は別にあわてた様子もなく、汽船と攻撃機とをじっと見つめています。
大胆不敵の艦長
痛快な捨身の戦法
一難去って又一難。こんどの相手は、潜水艦の最も苦手とする飛行機です。これに会ったら最後、いくら潜っても逃げようとしてもだめです。三十メートルや四十メートルの深さでは、海水を透して、アリアリと見えるからです。また水面を全速力で逃げ出しても、潜水艦と飛行機の競走では、まったく亀と兎で、瞬《またた》く間に追いつかれてしまいます。折角危い命を拾ったと思った第八潜水艦でしたが、どんなにもがいてみても、今度という今度は最期が迫ったようです。
大汽船はと見ると、マストの上に鮮かな××旗をかかげ、憎々しく落着いて、こっちを向いて快走してきます。自分の飛行機がどんなに痛快に日本の潜水艦をやっつけるか、高見の見物をしようというつもりに違いありません。
「生意気な汽船だ」
先任将校が耐《こら》えかねたように、口の中で怒鳴りました。
しかし誰もが、もう覚悟をきめました。この上は、艦長からの果断なる命令を待つばかりです。
航程六千キロ。本国を後にして、勇敢にも×国の海に進入した第八潜水艦も、遂にここで空しく海底に葬られねばならないのでしょうか。
艦長清川大尉は、ビクとも驚きません。ここで騒いだり、悲観しては帝国軍人の名折れです。
(日本男子は、息の根のあるうちは、努力に努力を重ねて、頑張るのだッ)
大尉は日頃から思っていることを、口の中でいってみました。
見れば、×の攻撃機は、わが艦の砲撃をさけるかのように、やや向うに遠く離れて、もっぱら高度をあげることに努めているのでした。やがてこっちの手の届かない上空から爆撃を始めようという作戦なのでしょう。
「よおし、やるぞ」
大尉は何か決心を固めたものらしく、その両眼は生々と輝いてきました。
「潜航! 深度三十メートル、全速力!」
艦長は元気な声で号令をかけました。
艦はみるみる海上から姿を消して、なおもドンドン沈んでゆきます。潜望鏡も、すっかり水中に没して、今は水中聴音機が只一つのたよりです。こうなると、いつ飛行機から爆撃されるか、全く見当がつかなくなります。
乗組員は、艦長の心の中を、早く知りたいものだと焦りました。
「深度三十メートル」
潜舵手が明瞭な声で報告しました。
「よし、そこで当直将校、水中聴音機で探りながら、×の汽船の真下に、潜り込むのだ。丁度真下に潜っていないと、危険だぞ」
艦長の口
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