リ。警戒セヨ」
[#ここで字下げ終わり]
「うむ」
艦長は呻りました。
「いよいよ出あいますかな」
近づいた先任将校が嬉しそうにいいました。
この頃、×の商船隊は、わが潜水戦隊の旗艦が発見したように、パナマ運河を後にして、ハワイへ向け航行中でありました。日本潜水艦近くにありと知って、五隻からなる巡洋艦隊が厳重に守っています。夜に入ると、×の司令官は四十七隻から成る大商船隊をぐッと縮め、五列に並んだ商船と商船との左右の距離も非常に狭くなり、前後も出来るだけ寄りました。その前と後とに巡洋艦を一隻ずつおき、のこりの二艦は、いつも商船隊の周囲をまわりながら見張をするという用心ぶりです。
無理もありません。この商船隊が無事にハワイへ着くと着かぬとでは、×国艦隊の力が非常にちがってくるのですから。
「艦長、いよいよ本艦は本隊と一緒になることが出来ました。本艦は今や第五番艦として列内に加わりました」と副長が説明をいたしました。
とうとう、第八潜水艦は、本隊に帰りついたのです。水中聴音機が盛んに活躍して、旗艦との間に作戦上の打合わせが行われています。
「潜航三十メートル、一時機関停止ッ」
いよいよ潜水戦隊は、海底深くもぐりこみました。
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「×ノ商船隊ハ、今ヤ、本戦隊ノ頭上ヲ通過セントス。カネテノ作戦ニ基キ、各艦ハ連絡ヲ失ウコトナク、一挙ニシテ、×船隊ヲ撃滅スベシ」
[#ここで字下げ終わり]
この命令が旗艦から発せられて間もなく、×の商船隊の先頭にある巡洋艦は、本隊の真上に達しました。爆沈させるのは何でもないけれども、唯今の任務は、巡洋艦よりも商船にあるのです。忍耐! また忍耐!
やがて大商船隊は、機関の音も喧《やかま》しく、頭上にさしかかって来ました。
わが雷撃の腕の冴え
暗の太平洋に躍る火柱
「戦闘開始!」
旗艦からは、待ちに待った命令が下りました。
各艦の発射管という発射管には、もう魚雷がこめられ、今にも飛び出しそうな気勢を示しています。
「潜航止めイ。浮き上れ!」
大商船隊の真唯中に、浮き上れという号令です。何という大胆な命令でしょう。
「魚雷発射、――始めッ」
各艦の四門の発射管からは、サッと巨大な魚雷が飛び出しました。すぐ鼻の先というほど近い所にいる船をねらうのだから、外《はず》れっこはない。しかしそれが命中するのを見守っている間もなく、
「潜航! 二十メートル」
艦長は号令しました。一旦魚雷を発射した上からは、どうせ×に気づかれるのは知れていますから、その攻撃をさけるために、すばやく海底へもぐりこんだのです。もう潜望鏡もすっかり水面下に没して、樽のような艦内からは、なんにも見えません。旗艦から発する連絡号令が、水中を伝わって、こっちの聴音機に感じるばかりです。――深度計の針が、気持よく廻り始めました。
水面下九メートル、十メートル、十一メートル……。
どどど……。
鈍い、それでいて艦の壁にビリビリとこたえる異様な大音響がしました。すくなくとも五隻、多ければ十隻の×船の胴中に魚雷が当って爆発したのです。
「うッ、命中だッ」
「やったぞ。万歳」
射手はその場に躍《おど》りあがりました。
続いて次から次へと、遠くに又近くに、物凄い響です。海面上の商船隊の狼狽のありさまが手にとるようです。こうなれば、しめたもの、ついでに残る商船を、やっつけてしまわなければなりません。
各艦は更に第二回の魚雷発射に移りました。
どど、どど、どどーン。
が、が、がーン。
サイレンが海上に鳴りひびく。胆《きも》を潰した護衛の巡洋艦は、サッと数条の探照灯を海面上に放って、ふり動かしました。しかしわが潜水艦は、あまり間近にいるのです。しかも商船隊の真唯中ですから、商船自身が邪魔になって一向先が見えません。きき目のないのは探照灯ばかりではありません。二十六門ずつもある夥《おびただ》しい大砲が一向役に立ちません。
そこへまた、あちこちで魚雷が命中して、大爆発が起る。重油が燃え出す。積みこんだ火薬に火がついて爆発がさらに一段と激しくなる。そうなると二個師団の×国陸軍の兵士たちは、ポンポン空中高く跳ねとばされる。商船同士衝突する……。
×が日本の潜水艦を恐れて、五十隻もの商船隊が無理にお互の距離を縮めていたことは、大変な失敗だったのです。
いや、もう滅茶苦茶の大勝利です。
第八潜水艦は、奮戦また奮戦です。清川大尉は、汗と油とで、顔面がベトベトに光っています。乗組員たちは、あまりの奮闘に、腰から上は赤裸になり、その上に水兵帽をのせて、戦っています。
「魚雷撃方やめイ」
艦長は号令をかけました。
「潜航中止、直《ただち》に浮き上れ」
ここまでくれば、もう×の大部分はやっつけられた
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