容易ならぬことだと感じたが、恐竜型潜水艦の攻撃目標が、さしあたってわが艦隊でなくてよかったと思った。
だが、ケレンコの肚は、すでにきまっていた。
(ここでアメリカ艦隊をおそっても、まさか西太平洋のまん中に、ソビエトの潜水艦隊基地があるとは、気づくものはないだろう。アメリカでは、きっと日本潜水艦の襲撃をくったものとして、日本政府にねじこむにちがいない。そうなると、ここでいよいよ日米両国の大衝突となるから、そのすきをうかがってこっちは東京湾へつきこめば、いいんだ)
ケレンコは、戦隊司令パパーニン中佐にあて、秘密無電をもって、
「アメリカノ艦隊ヲ襲撃シ、恐竜型潜水艦ノ威力ヲ発揮セヨ。タダシ、貴隊ハソ連潜水艦タルコトヲ極力カクスコト。ナオ戦闘開始ノノチハ、トキドキニセノ無電ヲウチ、アタカモ日本潜水艦デアルヨウニ、アメリカ艦隊ニ思ワセルコト」
と、命令をだした。自分でさんざんあばれ、アメリカの軍艦をしずめ、そしてその犯人は日本海軍でございと思わせようというのだ。
すると戦隊司令パパーニン中佐から間もなく無電が来た。
「――ワガ恐竜第六十戦隊ハ、コレヨリ敵艦隊ノユダンニツケイリ、ナルベク早ク所期ノ目的ヲハタシタ上デ、全艦海底要塞ヘヒキアゲント欲ス。戦闘開始ニ[#「戦闘開始ニ」は底本では「戦闘開始に」]アタリ、ケレンコ司令官閣下ノ健康ヲ祝ス。戦隊司令パパーニン中佐」
米ソ両艦隊の海戦は、いよいよはじまった。
水中快速艇では、ケレンコ司令官と太刀川の両人が、たがいに身の危険もわすれて、はるかに海水を伝わってきこえてくる海戦のひびきと戦隊司令からの無電報告とにききいった。
その時、運転士が、
「とてもやりきれません。ハンドルをもっていかれそうです」
と、なき声で、うったえた。
「しっかりしろ」
ケレンコが、しかるようにどなった。
だが、むりもない。快速艇は、空中にうかんだ風船のように上下左右へおどる。恐竜の猛攻撃による艦船爆破のひびきが、水中をかきみだし、このさわぎをひきおこしたのだった。
もしこのとき、空からこの海戦をながめたとしたら、この場の光景は、まるで血の池地獄、火焔地獄のように見えたにちがいない。
アメリカ巡洋艦十八隻のうち、その半分の九隻が、理由不明のままみるみるかたむいた。三重の艦底が、いつこわれたのか大穴があき、そこから海水がどんどんはいってきたのである。
同時に、防水扉ががらがらとおろされた。が、それもあまり役にたたなかった。というのは、せっかくおろした防水扉の表面から、どうしたわけか、ぶつぶつと、さかんに泡がたちはじめた。と見るうちに、そのまん中からだんだんとまっ赤に熱し、やがて、ぱっと大音響をあげて、ふきとび、そこに大穴があく。あとは砂糖がくずれるように、海水にくずれてしまう。どうしてよいか、まったく手のつけようがなかった。
運のわるい五隻の巡洋艦は、そのあとから、火薬庫の大爆発をひきおこし、まっ二つに、あるいは三つ四つにくだけて、上は空中にふきとび、のこりは波にのまれて、海底ふかく泡をたてながら、姿をけしてしまうのだった。
「大した戦果だ!」
快速艇からも、水面下の様子が、ときどきながめられ、太刀川青年の舌をまかせた。彼は、かの恐竜型潜水艦が、舳のあの長いものを、敵艦の底にぐっとのばしたかと思うと、底が急に赤くなって、まるい形にとろとろと灼けおちる光景を、目のあたりに見たのだ。
怪力線砲は、ついにソ連の手によって完成されたのである。
意外なる敵!
「どうだ。太――いや、リーロフ大佐」
アメリカの艦艇が、さかだちとなって、ゆらゆらと水中に、しずみはじめるごとに、司令官ケレンコは、太刀川にむかいほこらしげにいった。
だが、太刀川は、わざと、
「相当ですが、私の理想からいえば、まだやり方がにぶいですね」
という。
「なに、あれでまだにぶい?」ケレンコはにやりとして、
「うふん、だが、あれが日本艦隊だったら、もっと、こっぴどくやっつけるんだが、なにをいっても友邦アメリカだから、遠慮してあのくらいにとどめておくのだよ。うふふふ」
ケレンコは、鬼のように笑った。
その時、とつぜん、潜水兜が、ぴんぴんと、異様な音をたててなった。
とたんに、たんたん、じゅじゅというひびきがつづいて起り、急に上から、おさえつけられるような重くるしさを感じた。
「あ、あぶない。運転士、すぐ左旋回で、うしろへひっかえせ!」
ケレンコが、さけんだ。
「は、はい」
「はやくハンドルをまわせ。ぐずぐずしていると、みんなこっぱみじんになるぞ。敵の爆弾が、近くの海面におちはじめたんだ!」
「は、はい!」
運転士は、力一ぱいハンドルをまわした。
だが、そんなことで爆弾からにげさることはできなかった。すぐ頭のうえに、ものすごいやつが落ちてぱっと爆発した。あっと思う間もなく、三人ののった水中快速艇は、まるで石ころのように、海底をごろごろところがって、はねとばされた。もちろん三人が三人とも、しばらくは気がとおくなって、どうすることもできなかった。
「うーむ」とうなりながら、ケレンコが気がついたときは、彼ののっていた快速艇は、みにくくうちくだかれ、頭を海底の泥の中につきこんでいた。
あたりを見まわしても、太刀川の姿が、見えない。
(逃げたかな)と思った、ケレンコは、
「運転士」とよんだ。
すると、かすかなうなり声が、運転台からきこえた。
「司令官閣下もうだめです。快速艇は、うごかなくなりました。どうしたらよいでしょう」
「心配しないでもよい。今に他の艦が通りかかるだろう。――それより、あれはどうした。太――いや、リーロフ大佐は?」
「リーロフ大佐は、さっき艇から下り、前へまわって、故障をしらべていたようですが」
司令官ケレンコは、座席から立ちあがって、艇をでた。さいわい艇についている照明灯一つが、消えのこっているので、あたりは見える。
「おお司令官閣下」
とつぜん、ケレンコは、うしろからよびかけられた。
ふりかえってみると、リーロフ大佐の潜水服をきた太刀川が立っている。
「お、お前は無事じゃったか」
「はい。ごらんのとおり、だが、この艇はもうだめです。ただ今、無電をもって、別の艇をよんでおきました」
「ほう、それは手まわしのいいことだ」
とケレンコはうなずき、
「お前のいったとおり、こんな目にあうと知ったら、酒を用意してくるんだったね」
「いや、どうもお気の毒さまで……」
といっているとき、後方から、一隻の大きな潜水艦がやってきた。
それをみて、太刀川は、「おや」と思った。
「これは恐竜型潜水艦じゃないか。快速艇をたのんだつもりだったのに……」
潜水艦は、やがてケレンコたちのすぐそばへきて、とまった。すると艦橋から、大きな声がした。水中超音波の電話で、艦内からよびかけているのだ。
「司令官閣下。おむかえにまいりました。おめでとうございます。恐竜第六十戦隊が、三十数隻のアメリカ艦艇を撃沈して、全艦無事いま凱旋してくるというしらせがありました」
「うむ、そうか。三十数隻では、十分とはいえないが、とにかく恐竜万歳だ。祝杯をあげよう」
「祝いの酒は、本艦内にたくさん用意してまいりました。さあすぐおのり下さい。いま潜水扉をあけます」
「うむ」ケレンコは、なにか、ひとりでうなずきつつ、太刀川をうながして、迎えの潜水艦の胴中についている潜水扉から、艦内へはいった。
太刀川もケレンコにつづいて艦内へはいったが、とたんに通路のむこうから、こっちを見てにやにや笑っている体の大きい士官の顔!
あ、リーロフ大佐だ! 本もの[#「もの」に傍点]のリーロフ大佐だ!
万事休す
「あ、リーロフ大佐だ!」
太刀川時夫は、潜水着の中で、おもわずさけんだ。
無理もない。リーロフの潜水着をきて、リーロフになりすましているところへ、本もの[#「もの」に傍点]のリーロフ大佐があらわれたのである。
(錨にしばりつけたはずのあのリーロフが?)
そんなことを考えてみる余裕さえなかった。
太刀川時夫の運命は、きまった。太平洋魔城の大秘密を、ことごとく見てしまった以上、生きて日本へかえされるはずはない。
逃げるか?
とっさに考えて、あたりを見まわしたが、潜水扉は、すでに水兵の手で、ぴたりととじられてしまい、その前に、二人のたくましい哨兵が、こっちへ逃げてきてもだめだぞといわんばかりに、けわしい目つきで、はり番をしているのだった。
リーロフ大佐は、大股でつかつかと歩みよって、いった。
「おい、太刀川。おれの潜水服の着心地はどうだったかよ」
だが太刀川は無言のままだ。
「おれのいうことが聞えないらしい。はてさて、こまったものだ」
と、わざとらしくいって、
「ふん、さっきは貴様のおかげで、もうすこしで古錨をかついだまま亡霊になりはてるところだった。運よくケレンコ閣下が通りかからなければ、すくなくとも今ごろは、冷たい海底にごろ寝の最中だったろう」
リーロフ大佐は、そういって、太刀川をにらみつけると、コップ酒を、うまそうにごくりとのんだ。
「おい、なんとかいえ。おればかりにしゃべらせないで。いや、待て待て。その兜をぬがせてやろう。どんな顔をしているかな」
リーロフ大佐は、コップを水兵に渡して、太刀川の方へ、すりよってきた。その手に、太いスパナー(鉄の螺旋《ねじ》まわし)が握られていた。
太刀川は、それでも無言で、つっ立っている。
「おい、水兵ども。おれの潜水服をぬがせてしまえ」
そういうと、水兵たちは、どっと太刀川にとびかかって潜水服をぬがせた。
兜の下から青白くこわばった太刀川の顔があらわれた。
「あっはっはっは。こわい顔をしているな。おい、太刀川。さっきから、こうなるのを待っていたんだ。積り重る恨のほどを、今、思い知らせてやるぞ」
リーロフ大佐は、酔った勢いも手つだって、鋼鉄製のスパナーを、目よりも高くふりあげた。
たくましい水兵たちは、太刀川をおさえつけて、さあ、やりなさいといわんばかりに、リーロフの方へつきだした。
ケレンコの腹の中
太刀川は、声もたてず、しずかに瞼《まぶた》をとじていた。
リーロフが、満身の力をこめて、スパナーをふりおろそうとした時、うしろから、その腕を、むずとつかんだ者がある。
「あ、誰だ。……」
リーロフは、まっ赤になってどなった。
「リーロフ。なにをばかなまねをする。わしのつれてきた珍客を、お前は、どうするつもりだ」
司令官ケレンコだった。
ケレンコは、奥へいって、艦長から報告をきくと、すぐ引返して来たのだ。
「はなしてください、ケレンコ司令官。この太刀川こそ、わが海底要塞にとって、たたき殺してもあきたりない人物じゃないですか」
「そんなことは、よく知っているよ。しかしお前は、あんがい頭が悪いね。太刀川と知りつつ、海底要塞を案内したり、恐竜型潜水艦の威力を見せてやったりしたのは、一たい何のためか、それぐらいのことがわからないで、副司令の大役がつとまるか」
ケレンコは、リーロフを小っぴどくとっちめた。だが、リーロフはひるまなかった。
「でも、ケレンコ閣下、太刀川みたいなあぶない奴は、早く殺しておかないとあとで、とんだことになりますぜ」
「それだから、お前はだめだというんだ。太刀川は、日本進攻の際の、このうえないいい水先案内なんだ。お前には、それが分からないのか」
「え?」
「この男は、海洋学の大家だぞ。ことに、日本近海のことなら、なんでも知っているはずだ。この知識をわれらの目的につかうまでは、太刀川は大事な人間なんだ。おい太刀川。貴様にも、はじめてわけが分かったろう。生かすも殺すも、わしの勝手だ。だが、わしの命令にしたがえば、恩賞はのぞみ次第だ」
太刀川は、
(何を、ばかな)
と思ったが、それには答えず、何事を考えたのか、にやりと笑った。
「おい、衛兵長。それまでこの太刀川を監禁しておけ」
「は。どこへ放りこみますか」
「あいている部
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