ば早い方がいいとおもう」
「こうなればといいますと――」
「つまり、サウス・クリパー艇を墜落させたことは失敗じゃったのだ。それにつづいて、米国の駆逐艦と英国の商船とをしずめたが、その結果、わが海底要塞のひそむ海面は、全世界の注意をひきつけることになった。各国の艦艇が、ぞくぞくとこの海面へ集って来ては、めんどうだから、その前に行動をおこした方が、得策のように思うが……」
司令官ケレンコは、ふとい眉をぴくりとうごかしていった。
「その点、至極同感ですが、――」と、太刀川は、ちょっと言葉をとめて、おもわせぶりをみせ、
「まだ十分の準備ができていないのに、戦をはじめて、はたして勝利がえられましょうか。もしも計画どおり行かなかったときは、すぐモスコー(ソビエトの首府)によびかえされて、反逆者の名のもとにどーんと一発、銃殺されてしまいますぜ」
「なんだ、君らしくもない。はじめからやぶれるつもりで戦って、勝てたためしがあるか。わが海底要塞の戦闘準備は、まだ、完全とはいえないが、敵の防備を破壊し、首都東京をおとし入れるだけの自信は十分あるよ。四百隻からなるわが恐竜型潜水艦は、だてやかざりにつくったのじゃない。いかに日本の海軍が強くとも、これにかかっちゃ、手のほどこしようがなかろう。わずか一時間で、東京およびその附近は、全滅じゃ。地上地下、生物《いきもの》は、猫の子一匹ものこるまい。考えただけでも胸がおどるじゃないか。いや、君を前において恐竜型潜水艦の自慢をするのは、あべこべじゃったねえ。ふふふふ」
なんというおそろしいケレンコの自信であろうか。
そのとき運転士が、声をかけた。
「もしもし、海底要塞の正面へ来ました。どこへつけますか」
「うむ、恐竜格納庫第六十号へつけろ」
ケレンコはいった。太刀川時夫の目が、潜水兜の中で、きらりと光った。
格納庫ひらく
恐竜型潜水艦の格納庫!
いま太刀川時夫は、司令官ケレンコとともに、その前に立ったのである。
だいたんな太刀川も、はげしい興奮に、胸が高なっている。
見よ!
彼の目のまえに、あぶくだつ青黒い海水をとおして、とほうもなく大きな怪物が、歯をむきだして、こちらをにらんでいる。それが、じつは格納庫の扉であった。
(この扉のむこうに、共産党海軍の大じまんの対日攻撃武器がしまってあるのだ!)
ケレンコ司令官は、そのとき腰にさげていた水中笛を、例の例の妙な機械の手[#「例の妙な機械の手」はママ]でおした。水中笛はぶうぶうと大きな音をたてた。
すると、格納庫のうえから、やはり潜水服に身をかためた潜水兵が四、五十人、まるで廂《ひさし》からおちる雨だれ[#「だれ」に傍点]のように降ってきた。
(ふふふ、あじなことをやるぞ!)
と、太刀川は、潜水兜の中で、ほほえんでいる。潜水兵たちは格納庫第六十号の前にならんだ。とくいの司令官ケレンコは、その前にすすんで、
「わが恐竜第六十戦隊員につげる。ただ今より、本戦隊は小笠原群島の南約五百キロの方面に臨時演習に出動すべし。ただし、突発事件に対しては、すぐさま臨機の処置をとるべし」
これをきいて、潜水兵たちは、いいあわせたように、ざわめいた。それは、日本艦隊おそろしさのためではない。司令官ケレンコのきびしい見はりのもとに演習に出たのでは、きっとまた思いがけないことで銃殺される兵員が、出ることであろう。
事実、司令官ケレンコは、対日戦の訓練のためには、部下のちょっとした失敗もゆるさず、たいてい銃殺であった。
彼は、このくらいに部下をきびしくおどかしておかないと、いくらりっぱな武器をもっていても、あの勇敢な日本海軍をうち負かすことはできないと思ったからであった。
「出動用意!」
司令官ケレンコの号令一下、幹部将校が、すぐさま格納庫の扉《ドア》をひらく。水圧器のボタンをおすと、あつい鉄板でできた格納庫の大扉が、ギーッと上にあがっていった。
太刀川の両目が、潜水兜のおくから、異様にかがやいた。
(ふん、あれだな!)
見ると、格納庫の中に、とほうもない大きな潜水艦が、鼻をならべて、こっちをむいている。一隻、二隻、三隻、四隻!
それが上中下の三階に、きちんとおさまり、みんなで十二隻! これが恐竜第六十戦隊なのである。
「出発!」
という司令官ケレンコの命令とともに、
ぶう、ぶう、ぶーっ。
サイレンに似た海底をゆするような音がひびいた。
とたんに、十二隻の恐竜型潜水艦が、いっしょにとびだしたのである。まるで十二の大塔がたばになってとびだしたような壮観であった。
そのとき太刀川は、水のあおりをくってよろよろとしたが、目のまえをさっとすぎてゆく恐竜型潜水艦の姿を見のがさなかった。
なんというおそろしい形をした潜水艦だろうか。舳《へさき》はうんと長く前へつきだしていて、蛇の腹のようである。ふとい胴中は、鼠のようにふくれ、背中と両脇とに、三角形の大きな鰭《ひれ》がついている。しり[#「しり」に傍点]尾はふとくながい流線型で、そのつけ根のところに、八つばかりの推進機がまわっていたようである。「おい、リーロフ。わしたちは、水中快速艇で戦隊のあとをおいかけることにしよう。快速艇をこっちへ呼んでくれ」
ケレンコの声に、太刀川は、やっと我にかえった。
恐竜戦隊の出動
「司令官閣下、どうぞ」
快速艇がくると、潜水服姿の太刀川は、リーロフの声色《こわいろ》をつかって、こういった。ケレンコが、のりこむと、
「さあ、リーロフ。お前も早く」
とせきたてた。太刀川は、のりこみながら、
ふと思いだして、
「演習に出かけると知ったら、酒を五、六本持ってくるんだった」
と、わざと酒ずきのリーロフらしいことをいえば、ケレンコは、
「ふふふ」
と笑って、
「お前の潜水服の内がわには、酒びんをとりつけてあるときいたぞ。そんな仕掛をしてあるのに、酒とはへんだね。第一、酒びんをさげてきても、潜水服をきていたんでは、のもうにも、のめんじゃないか。リーロフにしては、また妙なことをいいだしたものじゃのう」
ケレンコの口ぶりには、どこか、皮肉なところがあった。
太刀川は、どきんとした。共産党随一のちえ者といわれるだけあって、これはゆだんがならぬぞと思ったのである。そういえば、この潜水服をきたときから、耳のうしろでどぶんどぶんと音のするものがあって、気になって仕方がなかった。これが、リーロフが特別にこしらえさせた酒びんかもしれない。
太刀川は、ふと鼻の先に、赤ん坊が口にくわえる牛乳の吸口みたいなものが、ぶら下っているのに気がついた。
(はて、これかな)
と思って彼は、その吸口みたいなものをすってみた。すると、どろんと口中にながれこんできた液体が、舌をぴりぴりとさした。そしてぷーんと、はげしい香が鼻をついた。
(あ、火酒《ウォッカ》だ!)
酒びんの中から、ゴム管でつながっていたのだ。それをケレンコが、知っていたのだ。たいていの者なら、このへんで、降参してしまうところかも知れない。が、わが太刀川青年は、腹の中でふんと、せせら笑っただけである。
「あははは、あははは。司令官閣下から御注意をうけるまでもなく、私の分だけなら、ここに十分もってきていますよ。あははは」
「うむ、じゃ、どうするつもりなんだ」
「つまりその、あなたがたが、のみたくなったときに、こまると思いましてね」
「なに」
「いや、今日の演習がおわるまでに、きっと、酒をのみたくなることが、できてきますよ。きっとそうなります。そのときに、私ばかりがのんでは、いやはやお気の毒さまで……」
それをきくと、ケレンコは、「ふふふ」とふくみ笑をしたが、運転士の方へむきなおると、
「おい、まだ戦隊においつけないのか。なにをぐずぐずしている」
とどなった。
「は。閣下はまだ出発号令をおかけになりませんので……」
「ばか、ばか、ばか。貴様は何年運転士をつとめているのか。よし、こんどかえったら、銃殺だ」
「ええっ、閣下。それはあんまり……」
「やかましい。早く快速艇を走らせろ」
「へえい」
とたんに、ケレンコと太刀川は、いやというほど後頭《うしろあたま》を潜水兜のふちにぶっつけた。おどかされてふるえあがった運転士が、いきなりエンジンを全速力のところへもっていったからであった。
近づく大艦隊
「司令官。戦隊においつきました」
運転士が、よろこびの声をあげていった。
「だが、まだなにも見えんではないか。うそをつくと――」
と、ケレンコがいいかけると、
「正面、舳のわずか右上に、うす黒く、ぼんやりしたものがあるでしょう」
「あああれか。なるほど」
ケレンコの目に、やっとはいった。
それから彼が妙にだまったと思ったら、座席の下から、水中無電気の受話器をひっぱりだして、耳にあてていたのである。
それを見て、太刀川も、すぐ座席の下に手をのばして、受話器をとり、人工鼓膜にあてた。
さかんに無線電話がきこえてくる。早口でしゃべっているのは、前にいく恐竜第六十戦隊の司令パパーニン中佐からであった。
それは、途中からであったが、
「――約八十隻ノ潜水艦、約百五十隻ノ駆逐艦、ソノホカ大小ノ特務艦十数隻……」
ここまできいて、太刀川は、ぎくんとした。太平洋上を、このような大艦隊がうごいているとすれば、それはわが海軍にちがいない。だが一たい、いかなる目的でどこへ向かっていくところであろうか。
「――海上ハ波オダヤカニシテ、晴天ナレド雲アリ。空中二相当爆音ヲキクモ、飛行機ノ種別、台数ハ不明ナリ。彼ノ針路ハ西南西微西!……」
西南西微西といえば、ほとんど真西にちかい。わが日本艦隊がこんなところを、航行しているとは、ちょっと考えられない。とすると、これは演習の想定であろうか。
無電はなおも早口にしゃべる。
「――コノママワガ戦隊ガ前進ヲツヅケルトキハ十分ノノチ、彼ノ艦隊卜衝突ノホカナシ。故ニワガ針路ヲカエルベキカ、否カ、タダチニ指令ヲタマワリタシ。パパーニン中佐」
うむ、それじゃ、演習ではないのか。二国の艦隊ははからずも、たいへんなところで、出くわせたものである。
太刀川の全身は、かーっとあつくなった。
「司令官閣下。どういたしましょう」
「うむ……」
ケレンコはうなったまま、しばらく考えこんでいたが、やがて決心して、
「対日戦の血祭に、ここでひとつやっつけてやれ!」
といいはなった。
おそろしき海戦
なんという自信であろう。
ケレンコは、わずか十二隻の恐竜型潜水艦で、約八十隻の潜水艦、約百五十隻の駆逐艦と、戦闘をはじめようというわけだ。
いや、
太刀川は、恐竜第六十戦隊の司令パパーニン中佐からの無電を途中からきいたので、
「戦艦八隻、巡洋艦十八隻、航空母艦六隻………」
というところをききもらしていた。だからじっさいは、太刀川の考えた以上の大艦隊であった。それを、わずか十二隻の恐竜型潜水艦でむかえうとうというケレンコの自信は、おどろくのほかない。
「しまったことをしたなあ」とケレンコは、つぶやくようにいった。
「恐竜にのっていりゃ、海上の様子も、テレビジョン鏡で手にとるように見えるのだが、……今から恐竜にのりうつることもできない。あと十分でアメリカ大艦隊とぶつかるというどたんばに来ては――」
「え、アメリカ大艦隊?」
太刀川は、思わず口をすべらしてしまった。
「なんだ」
とケレンコはいった。
「貴様は、また酒をくらって酔っぱらっているんだな」
「いえ、酒などは……」
「なに、わかっとる。そうでなくて、今ごろ、あれはアメリカ大艦隊ですかもないじゃないか」と、つい本気でどなったが、そのあとで、気づいて「ふふふふ」とうす笑をした。
(いや、どうもリーロフの服をきているものだから、ついまちがえてはいけない)
ケレンコは、太刀川が、にせ[#「にせ」に傍点]者であることは、はじめからちゃんと見ぬいていたのだ。
太刀川は、アメリカ大艦隊が、西へいそぐと聞いて、これは、
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