い空の旅であった。
 酔っぱらいのリキーは、大きな鼾《いびき》をかいて寝こんでしまった。老夫人もその隣で、じっと睡《ねむ》っているらしい。室内では、乗客たちがだいぶん落ちついて、あっちでもこっちでも、しずかな談話をはじめたり、チョコレートの函をひらいたりしている。しかし艇員が出入に防音扉をあけるごとに、轟々たる発動機の音が、あらゆる話声をふきとばしてしまう。だが、なんという穏やかな空の旅であろう。
 それから一時間たった。
 艇は、針路を南東にとって、一路マニラにむけて飛行中であった。すでに陸地はとおくに消えてしまって、真青な大海原《おおうなばら》と、空中にのびあがっている入道雲との世界であった。その中を、飛行艇サウス・クリパー機は翼をひろげ悠々と飛んでゆく。
「艇長、本社から無電です」
「なんだ、ニューヨークの本社からか。ほう、これは暗号無電じゃないか、なにごとが起ったのか」
 艇長は、しばらく黙っていた。暗号を自分で解いているらしかった。
「事務長をよべ」艇長の声は、甲高い。
「艇長、お呼びでしたか」
「うん。本社からの秘密無電だ。えらいことになったぞ。これを読んでみろ」
「はい」
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