がんがんがんがん。がんがんがんがん。
 またものすごい物音が、足もとの鉄格子の間からきこえてきた。
「ふむ、あれはどうしても、なにか大きな機械を使っている音らしい。そうしてみると、これは………」
 太刀川時夫は、はっと気がついて、自分のびしょぬれの服をしらべてみた。そしてなにを思ったのか、うんと一つ大きくうなづくと、体をひるがえして、室のすみにとんでいって、そこへ腹ばいになりながら、鉄格子の間から、下をのぞきこんだのである。
 彼は、その鉄格子の下に、いったいどんなものを見たであろうか。


   ぽっかりと窓があいて


 それは大きなエンジン室らしく、はるか下の方に甲虫の化物みたいなエンジンの一部分らしいものが見える。
 がんがんがんがんという音は、ここから聞えて来るのだ。
(一たい、どこだろう?)
 太刀川はずきずきいたむ頭の中で、もう一度考えてみた。
(大渦巻にまきこまれて、水中にひっぱりこまれたことは、たしかだが、それから……)
 それからが、どうしても分からない。
 夢でないことは、自分の服がびしょびしょにぬれていることでもわかる。この室内もどことなく潮の香くさく、しめっぽい。
「海に近い場所かな」
 と思ったが、瞬間、ある考えが、頭をかすめた。
「ひょっとすると、海底にある建物ではあるまいか。いや、まさか、そんな馬鹿なことが……」
 自分の考えを自分で、うち消すようにつぶやいた時である。
「おい、小僧。目がさめたか」
 とつぜん声がした。妙ななまりのあるロシア語だった。
「えっ、――」
 太刀川は、声のする方をふりかえってみた。
 おどろいたことに、冷光灯かがやく壁のところに、ぽっかりと四角な窓が開き、その中から一つの赤い顔が、こっちをのぞいて、あざ笑っているのであった。
 その顔は、鼻の形、額の恰好からいって、たしかにユダヤ人だ。
「うふふふふ。やっと、気がついたようだね。だが、不景気面をしているところをみると、まだ夢でもみているのかね。おい、日本蛙、ここをどこだと思う。海の底だよ。海の底も底、太平洋の底だよ。ある仕掛で渦を起し、貴様をすいこんで、ここへ運んできたのは、貴様にちょっとばかり用があったからだよ。うっふふふ、そうおどろかんでもよい。ちょっと待て、もっとよいところへ案内してやるからな……」
 その言葉が終るか終らないうちに、ジーというベルの音がしたかと思うと、太刀川の立っていた鉄格子の一方のはしが、がたんと外れて下におちた。
「あっ」
 といったが、おそかった。太刀川の体は中心をうしない、鉄格子の上をすーっとすべり、そしてその下にあいた口から、まっさかさまに落ちて行った。


   自分の名を知る覆面の男


 肩先を、ぽんと、けられたいたみに、太刀川は、はっと、我にかえってあたりを見まわすと、そこには、例の男が立っていた。
「ふっふふふ、だいぶ、おやすみのようだったね。あれぽっちのことで、目をまわすとは、案外、意気地のない奴だ」
 あくまで、にくにくしげにいう。
 そこは、何の飾もない物置小屋のようなところだった。
 太刀川は、鉄格子から落ちると、途中で網で受けとめられたような気がしたが、そのまま気を失ってしまった。その間に、この部屋に運びこまれたものらしい。
 あれから、どのくらいたったものか、とにかく相当時間がたっていることは、着ている服が、かわきかけていることでもわかる。
「おい、何をぼやぼやしている。早く立て、委員長閣下のお呼びだ」
「何、委員長?」
 太刀川は、そうつぶやきながら、いたむ体をやっと起して、たちあがろうとした時、
「おおそうだ。早くしろ」
 そういう声と共に、ユダヤ人の右足が、まるで犬ころでもけるように、太刀川の肩先へ、シュッと伸びてきた。
 とたんに、太刀川は、かるくかわした。そしてその足をぐいと引いたからたまらぬ。かの大男は、後向けに、どうとたおれた。
 さあ、ことだ。こんどはほんとに怒って、
「やったな。日本小僧」
 叫びながら両手をひろげて、鷲づかみにしようと、おそいかかって来たのだ。
 太刀川も覚悟はきまっていた。
 どうせ死地にあるのだ。辱《はずかし》めをうけるより、日本人らしくたたかって、死のう。
「来い」
「おう」
 大男が、咆《ほ》えるような声をあげて、さっととびかかろうとした時である。
「何をする。カバノフ」
 後から鋭く呼びとめた者があった。
「お前に、そんなまねをしろと、誰が命じた。委員長は先程から、待ちきっていられるぞ」
 するとかのカバノフと呼ばれた大男は、
「あ、ああ……」
 わけのわからぬ叫声《さけびごえ》をあげて、手をふり上げたまま、後じさりながら目を白黒。それをみて、
「はははは……そのざまは何だ。いくら貴様が力自慢でも、貴様の手にお
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