える相手ではない。早くひけ」
 見ると、部屋のすみの入口に、覆面、黒の法服のようなものをまとった大男が、銃剣を持った水兵を従えて、じっと、こちらを見つめているのである。
「太刀川君、どうぞ、こちらへ」
「おや」その声のどこかに、聞きおぼえがあるような気がしたが、どうしても思い出せない。
 太平洋の底に、自分を知るものがいる?
 太刀川は、しばらくは茫然と立ちすくんで声も出なかった。


   おお恐るべき海底要塞


 ガーンガーンガーン、エンジンらしい音。
 ゴーゴーガタガタ、工事らしい音。
 そんな音がすぐ近くに聞える。要所要所に、銃剣を持った水兵が立っている。
 太刀川は、みちびかれるままに、長い廊下をいくつかまがって、とある大きな部屋へ通された。
 そこは、まるで法廷のような感じのいかめしい部屋であった。大きな長方形のテーブルをかこんで、覆面黒服の男が十人ばかり、そのまん中に、首領らしい男が、どっかり腰をおろしている。
 すでに覚悟のできている太刀川は、臆する色もなく、一同をじろりとにらめわたしながら、悠然とつったっている。かの首領らしい男は、始めて口を開いた。
「ははは……、太刀川君、何もそんなこわい顔をしなくてもよろしい。実は君に、折入って相談したいことがあって来てもらったのだが……」
 その声を聞くと、太刀川はぎくっとした。
 おう! 聞きおぼえのあるその声、まさかと思ったが、……
 太刀川は、目をかがやかしながら、
「そういうあなたは、共産党太平洋委員長、ケレンコ」
 暴風雨の太平洋上にとびおりたあのケレンコだ。
「いかにもお察しの如く……」
 首領は覆面をとった。まぎれもなく、あの赤ら顔、あの大髭、あの鷲鼻、まさにケレンコである。
「太刀川君。そう驚くには及ばない。今君の案内をつとめたのが、おなじみの潜水将校リーロフなのだ。クリパー号の中では、君にうまくやられた形だったが、そのまま、まいってしまう我輩ではないのだ。クリパー号の進路には、われ等の快速潜水艦が、ちゃんと配置されていたのだ。我輩もリーロフも、落下傘で降りると、着水と同時に、それに救助された。リーロフかい。彼はなるほどクリパー号から、まっさかさまに落ちた。が、途中から洋服下にしのばせた小型落下傘を用いて、これも無事に着水したのだ」
 太刀川は、彼等の抜目のないのに、唯あきれるばかりであった。
「よろしい。君等の宣伝はその位にして、用件というのを承ろうじゃないか」
「ははは……太刀川君。まず腰を下したまえ、君がいかに強くても、もはや我々のとりこだ。生かすも、殺すも我々の意のままだ」
 ケレンコは言葉こそていねいだが、悪魔のような笑をもらしながら言った。
「だがとりこでも、君は大事なとりこだ。われわれは、われわれの目的のために、君をわざわざここまでつれて来たといってもよいのだ。君が、原大佐の頼みで、南洋にむかったと、スパイからの知らせによって知ったとき、一時はこれは困ったことになったと思った。だが、われわれはやがて、君をとらえて、君のすぐれた頭と、君の海洋学の知識を、われわれの目的のために逆に利用することを思いついたのだ。いや、君の頭と、君の海洋学は、絶対に必要なことがわかったのだ。
 われわれは日本をのっ取るために、おどろくべき熱心さで、長い間共産主義の思想をふきこんで来た。が、無駄であった。君等のいう日本精神は、びくともせず、この方法によるわれわれの計画は、完全に失敗してしまった。やはり、武力戦よりほかはない。しかし、日本には、世界無比の強大な陸海軍がある。通り一ぺんの軍備では、到底望をとげることは出来ない。そのことを十分知りつくしているわれわれが、ひそかにもくろんだものは何か。太刀川君。賢明なる君は、すでに承知しているであろうが、われ等がほこるべき海底要塞だ」
(うーむ)
 太刀川は心に叫んで、唾をのんだ。
「それなら、海底要塞とはいかなるものか。それは、君が我輩の申し出を聞いてくれる前に、説明することはできない。けれども、ここ数箇月間、世界中の新聞が、さわぎたてている太平洋上の海魔、即ち、君等が昨日とくと御覧ずみの怪物は、この海底要塞のほんの一部にすぎない。それはのびちぢみが出来て、潜望鏡の役目もすれば灯台の役目もする。しかもその先は、恐しい新兵器で武装されている。賢明なる君には、説明するまでもないことだが、これでみても、海底要塞が、いかに大がかりのすばらしいものであるかがわかるだろう。しかし、わが海底要塞はなお数箇所工事中である。そこに、君の智慧を借りたいところがあるのだ。また、わが海底要塞が、いよいよ日本攻略の行動を起したとき、日本近海の海底の状態、潮流の工合、港湾の深浅等、君のすばらしい海洋学の力を借りたいところがいたるところにあるのだ。ど
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