うだ太刀川君、報酬はのぞみ次第だ。一つここで、うんと働いてみる気はないかね」
 悪がしこいケレンコは、さすがに大ものらしく、事もなげにいってのけるのであった。
 すると、それまでじっと聞いていた太刀川青年は、いきなり笑い出したのである。
「ケレンコ君、いろいろ面白い話をありがとう。いや君の親切には感謝する。君はだいぶものしりだと聞いていたが、実は案外のようだね。君は日本人がどんな国民であるか、てんで知っていないじゃないか。日本人は、国のためなら命も喜んですてる。その日本人に、金で国を売るようなことをさせようたってそりゃむだだよ。ケレンコ君。折角だがおことわりだ」
 それを聞くと、さすがのケレンコも、眉をぴくりとうごかして顔をこわばらせた。この青二才めがと、思ったのであろう。が、もちろんそんな気持をそのまま言葉の上にあらわすようななまやさしい彼ではない。
「ははは……太刀川君、ずいぶん君は、かたいことをいう人だね。いやしかし、それでこそ日本人だ。われわれがこの重大な秘密をぶちあけて、君の助を借りようとするのも、それなればこそだ。だが、太刀川君、もう一度よく考えてみたまえ。われわれが許さないかぎり、君がいかに勇敢でも、この海底要塞からは、ぬけだすことは出来ないのだよ。しかも、われわれと同じ目的のために、一しょに働いてくれさえすれば、莫大なお礼が、君のものになるのだ。ね、太刀川君。こんなわかりやすい道理を、わきまえぬ君でもないであろう」
 だが、太刀川は、
「ふん」とせせら笑って、
「いや、よくわかった。だが、ケレンコ君、重ねていうだけ無駄だ。僕は君の申し出にどうしても従うことは出来ない。そのため、君が、僕の命がほしいというなら、勝手にうばいたまえ。僕には、僕の覚悟があるのだ」
 断乎としていいはなった。
 すると、今まで強《し》いておだやかによそおっていたケレンコは、いよいよ仮面をぬいで来た。
「そうか」
 あきらめたようにつぶやくと、顔色がにわかにけわしくなった。怒をふくんだ目が、太刀川をじーっと見つめた。
「よい度胸じゃ」
 皮肉な口もとに、うすきみ悪い笑をうかべながら、
「それじゃ、可哀そうだが、君ののぞみ通り、命をもらおうか」
 目で合図をすると、左右にいながれた部下たちは、無言のまますーと立ち上った。と同時に、黒服の下からニューッとつき出された十挺の拳銃、その拳銃が一せいに太刀川の胸をねらって、ぴたりと、とまったのである。
 室内にみなぎるすさまじい殺気。
 ああ、快男児太刀川時夫も、ついに最期《さいご》の時が来たのか。
 もとより国にささげた体なら、すてる命は惜しくない。だが、太平洋の底には、日本をねらう恐るべき海底要塞が、夜を日についで建造をいそいでいるのだ。自分が死んだらその秘密は誰が祖国に知らすのだ。
 一秒、二秒、三秒……
 息づまるような無気味な瞬間だった。
 ぶぶう――、ぶぶう――
 突然、耳をつんざくけたたましい非常警報のサイレンが鳴り出したのである。
「あ」
 扉のそばに立っていたリーロフが叫んだ。
 つづいて何やらわめき合う人声、どたどたどたどた混雑する足音が、廊下の方から聞え出した。
 ケレンコは、さっと立ちあがって、
「おい、リーロフ、君は、太刀川をこの部屋に閉じこめて見張をつけておけ、わが輩は、司令室に行く、手配がすんだら君も後からすぐにやって来い」
 そういいすてて、ケレンコは、とぶようにして部屋を出て行った。
 一たい何事が起ったのか。


   海底司令室


 ぶぶうー、ぶぶうー。
 妙に心をかきみだすようなサイレンの音だった。
 ケレンコは、あわただしく司令室にかけこんだ。覆面、黒服をとると、海底要塞司令官の軍服姿だ。
 司令室は見るからにいかめしい部屋で海底要塞のありとあらゆる械械をうごかす仕掛が、あつまっていた。その仕掛はすりばち山みたいに、うずたかくつみ上げられていた。そのまわりを、階段が下からぐるぐるとまわって頂上にとどいている。それぞれの仕掛の前には、当番の将兵がとりついて、ハンドルをにぎりしめ計器の針をみているが、すこぶるおちつかない様子だ。
 そこへケレンコがとびこんできたのだ。彼は機械の山の階段を、するするとよじのぼり、頂上にすっくと立ちあがった。そこが彼のためにつくられた司令席だった。
「おお、ケレンコ閣下だ!」
 当番の将兵は、すくわれたように叫んだ。それを、さげすむように聞いて、
「腰ぬけどもが、洋上に軍艦があらわれたぐらいで、なんというとりみだし方だ」
 ケレンコは、仁王様のような顔つきで、はらだたしげにどなった。
「でも、委員長、すばらしく、はやい大型駆逐艦隊ですぞ。しかもわが要塞へ向けて、一直線で近づいてくるのですからね」
 そういったのは、ケレンコのすぐ下
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