ではないか。
「おや、あれはなんだ」
よく目をすえて見ると、くらい海の一てんから、青白い長い光がすーっと出て、横にうごいている。
「探照灯みたいだが――」
と思っていると、こんどは別のところから、ものすごい火柱が二本も立ちあがって、それからまっ赤な火の玉が、ぽろぽろと海面へおちはじめた。
やがて、そのどろどろと宙にもえていた火柱の色が、急に赤みがかってきた。それと同時に、火柱のたっている近くの海が、急にぼーっと明るくなった。
海が光りはじめたのだ。海の上だけではない、海面の下までが、電灯でもつけたかのように光っている。
原地人たちは、もう櫂をこぐどころか、ただ口々に神への祈りをくりかえしている。
そのとき酋長がふるえごえで、三浦によびかけた。
「おう、クイクイの神よ、われわれロップ島の人民を、おそれの谷にたたきこむのは、あの魔物であるぞ。クイクイの神の力によって魔物のあの光る息をおさえつけてもらいたい。そうすれば、われらは、クイクイの神にどんな宝物でもさしあげるだろう。た、たすけたまえ」
三浦は、あああれこそいつぞやの大海魔にちがいないと思った。海魔というが探照灯や信号弾のようなものを放っている様子を見ると、動物ではない。何か恐るべき科学の力によって仕組まれているものとにらんだ。では、大潜水艦みたいなものか、いやそれにしても、大きさからいって潜水艦どころのさわぎではない。
三浦は、酋長ロロにたのまれた以上、ここでなんとかしてクイクイの神の力をあらわさなければならないのだ。そこで彼は、あやしい光にむかって大きなこえで、呪文をとなえだした。もしそれを日本人がきいたら、腹をかかえて笑いころげたろう。磯節の文句を調子はずれにどなっていたのだったから。
すると、まもなく海上を照らしていた火がぱっと消え、ついで海中の光もなくなって、ふたたび闇の世界にかえった。
丸木舟の上の人たちは、これこそクイクイの神の力できえたものと思い、よろこびの奇声をあげて、クイクイの神をたたえるのであった。
「そら、こげ、今のうちだ!」
酋長の号令に、丸木舟は、またもや矢のように海上をはしりだした。
そして東の空がうっすりと白みはじめたころ、ようやくロップ島の岸につくことが出来た。
ロップ島! この島から、海魔があばれている海魔灘まで、わずかに十キロあまりしかないのである。
太刀川は生きていた
さて話は元にもどって、海魔灘の渦巻にまきこまれて、海上から姿をけしさった太刀川時夫は、どうしたことであろうか。また、潮に流されながら時夫にたすけをもとめていた石福海少年は、どうなったことであろうか。
がんがんがんがん。がんがんがんがん。
鉄をたたいているような物音である。
「あ、やかましい。耳がいたいじゃないか」
太刀川時夫は、夢心地でつぶやいた。
ぽとり、と、つめたいものが、時夫の襟もとにおちて、せなかの方にまわった。
「ああ――」
そこで、太刀川時夫は、やっと気がついた。
「はて、ここはいったいどこだろう」
あたりをずっと見まわした。
そこは、コンクリートでかためた四角な空井戸の中のようなところだった。壁はびしょびしょに水でぬれている。ふしぎなのは、時夫のいる床だった。あらい鉄格子でできている。がんがんがんというものすごい音は、鉄格子の下からきこえてくるのだった。
電灯らしいものもないのに、この室内は鉄格子の下からぽーっと青白い光がさしていて、物の形がわかる。よく見ると、壁にその青白い光の横縞がいくつもあり、天じょうの方までつづいていた。後になってわかったのだが、この光は深い海にすむ夜光虫をよせあつめた冷光灯であった。
太刀川時夫は、この気味わるい光のなかに立って、手足に力を入れてみた。たしかに力がはいる。しかしそれでいて、自分は生きているのか死んでいるのか、どうもはっきりしないのであった。そこでしきりに記憶をよびおこした。
(――おそろしい大渦巻にすいこまれて――そうだ、石福海が、その前にたすけをもとめていたが――自分はあのまままっくらな海中にひきずりこまれて、息がつまりそうになったが、――それから、なんだか竜宮のように、美しい室を見たようにおもったが――そのうち体がくるくるとまわりだして、なにもかも見えなくなってしまった。それから……)
それから、さあそれから――それから後はわからないのだ。
「僕は、生きてはいるのだ!」
時夫は、両の腕を、こつこつとたたきあわせて見ると痛い。たしかに生きている。
「生きてはいるが、ここはどこだろうか」
まるで牢獄みたいな奇怪な室だった。
潜水艦の中かしらん?
こんな大きな室をもった潜水艦はない。では、どこか島の地下室であろうか、それとも窟《いわや》の底であろうか
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