のをたのしみに、はるばるこんな海底までやってきたんだ。勝目は、はじめからわかっているのに、いつまでもぐずぐずしている司令官の気持がわからない。明日攻撃命令を出すというが、ほんとうか、どうか、いつもがいつもだから、あてになるものか」
ケレンコ司令官は、リーロフ大佐のことばを、腕組して、じっときいていたが、やがて顔をあげ、
「よし、わかった。君の心底は、よくわかった。余が君を副司令の職から去ってもらおうとしたのは、大事を前にして、粗暴な君に艦隊をまかせておけないと思ったからだ。君がそれほど戦意にもえているのなら、今後は、粗暴なことをやるまい。なにしろ明日になれば、わが全艦隊は出動して、余も君も、ひたむきに太平洋の水面下を北へ北へと行進するばかりだからね」
「わたしもというと……」
「リーロフ大佐、君をあらためて副司令に任命するのだ」
「なんじゃ。それは、ごきげんとりの手か」
「いつまでも、ばかなことをいうな」とケレンコ司令官は、リーロフをたしなめて、
「そのうえ、もう一つ重大任務をさずける。これを見ろ」
と、ケレンコ司令官は、テーブルの上の海図を指し、
「わが海底要塞に、今ある潜水艦は、三百八十五隻だ。余はそのうち二百五十五隻をひきいて、これを主力艦隊とし、大たいこの針路をとって、小笠原群島の西を一直線に北上する」
「ふん。そこで、のこりの百三十隻の潜水艦は?」
「その百三十隻をもって、遊撃艦隊とし、われわれよりも先に出発させ、針路をまずグァム島附近へとって、日本艦隊をおびきよせ、そのあたりで撃滅し、次に北上を開始し、紀淡海峡をおしきって、瀬戸内海をつくんだ。そのうえで、艦載爆撃機をとばせて、大阪を中心とする軍需工業地帯を根こそぎたたきつぶしてしまう」
「ふふん。話だけはおもしろい。この遊撃艦隊をひきいていく長官は、誰だ。もちろん、わたしにそれをやれというんだろう」
リーロフ大佐は、先まわりをしていった。ケレンコ司令官は、いかめしい顔つきで、ぐっとうなずき、
「そのとおりだ。遊撃艦隊司令長官リーロフ少将だ。そうなると、君は提督だぞ。これでも君は、人をうたがうか。いやだというか」
「わたしは少将で、そっちは太平洋連合艦隊司令長官兼主力艦隊長官ケレンコ大将か。ふん、どうでも、すきなようにやるがいい」
リーロフのことばは、どこまでも針をふくんでいる。
「さあ、そうときまったら、むだないさかいはよして、すぐに最後の幕僚会議だ。さあさあ、全幕僚を招集してくれ」
ケレンコ司令官は、リーロフの気を引きたてるように、うながした。
戦闘開始
ケレンコ司令官の部屋で、会議がはじまった。
テーブルの上の大海図を前に、おもだった者が、額をあつめて、作戦にふける。
そこへ、監視隊からの、無電報告が、つぎつぎとしらされて来る。
「ただ今、十日午後六時。北北西の風。風速六メートル。曇天《どんてん》。あれ模様。海上は次第に波高し」
「よろしい」
だが、しばらくすると、おどろくべき報告がはいってきた。
「……日本第一、第二艦隊は、かねて琉球附近に集結中なりしが、ただ今午後六時三十分、針路を真東にとり、刻々わが海底要塞に近づきつつあり。彼は、決戦を覚悟せるものの如し」
「ほう、日本艦隊もついにはむかってくるか。どこで感づいたのだろうか。いやいや、もっと見はってみないと、にわかに日本艦隊の考えはわかるまい。とにかくリーロフ提督、君のひきうける敵艦隊の行動について、ゆだんをしないように」
と、ケレンコがいえば、リーロフは海図をながめて、無言でかるくうなずいた。
おそろしい時が、刻一刻と近づきつつある。ケレンコのひきいる怪力線砲をもった恐竜型潜水艦隊の、おそるべき攻撃破壊力の前に、わが日本海軍が、はたしてどれほどの抵抗をみせるであろうか。
この時、快男児太刀川時夫は、一たい、どうしていたか。
――われわれは、目をうつして彼が両脚をしばられて、とじこめられている部屋をのぞいてみよう。
太刀川は、どうしたのか、脚をしばられたまま、床のうえに、うつぶせになって、たおれている。床のうえに、血が一ぱい流れている。あっ、足がつめたい。
太刀川は、ついにやられてしまったのか。
いや、待った。彼の顔を、横からみると、どうもへんだ。たしかにソ連人の顔である。ソ連人が、太刀川のかわりに、両脚をしばられて死んでいるのである。
そのとなりにたおれているのは、ダン艇長らしくしてあるが、これもやはりソ連兵だ。その向こうにころがっているロップ島の酋長ロロらしいのも、よくみると酋長の腰布が、藁たばの上にふわりとおいてあるばかりだ。
もちろんクイクイの神様もみえない。みんな、どこかへいってしまったのだ。一たいどうしたというのであろうか。
この時、司令官室
前へ
次へ
全49ページ中45ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング