から三つの顔がこっちをのぞいている。
しかも三つとも、生きていた。さもおどろいたように目を見ひらき、そして大きく口をあけた。それだけではない。その中の一つの首に、太刀川はたしかに見おぼえがあったのである。
「ダン艇長!」
いうまでもなく、海底要塞附近で墜落したサウス・クリパー艇の艇長のことである。彼は艇と運命をともにして、波にのまれてしまったかとおもわれたのに、意外にも、こんなふしぎな塔の中で生きていたのである。
「おお、ダン艇長! あなたはどうしてそんなところにいるのですか」
太刀川青年は、水中灯を高くかかげて、煙突様の塔を硝子《ガラス》ごしにたたきながらいった。
だが、中からはなんの返事もきこえなかった。三つの首は、とつぜんおどろきの色をうかべると、いいあわしたように窓の内側にひっこんでしまった。
「おう、待ってください、ダン艇長」
太刀川は、窓硝子をわれそうなほど、こんこんとたたいた。しかし内側にひっこんだ首は、そのまま出てこなかった。
なにがなにやら、わからないながら、太刀川は、ダン艇長の生きている姿を見つけたうれしさで、しばらくはその場をうごこうともしなかった。
だが、他のもう二つの首は、一たい何者であったろうか。
太刀川青年は、見おぼえがなかったが、一つは、はばのひろい鼻をもった黒人。もう一つは、妙なひげをはやした東洋人の顔であった。
ものおぼえのよい読者諸君には、もうおわかりであろう。
それは、ミンミン島へクイクイの神様を買いにいったロップ島の酋長と、クイクイの神様といっている漂流日本人の三浦須美吉であった。
しかしダン艇長が、なぜその二人の仲間にくわわっていたのか、またこの人たちが、なぜそのような海底の小塔に顔をならべていたのか。それは、いずれこの物語のすすむにつれて、明らかになるであろう。
「おう、誰かとおもったら、なんだ、お前だったか」
とつぜん太刀川のうしろにあたって、ふとい声がひびいた。
不意をうたれて、太刀川は、はっとおもって、うしろをふりかえりざま、水中灯をぱっとさしつけた。
「あ」
いつの間に来たのか、彼のうしろに、大きな水中灯をもって立っていたのは、ほかならぬ海底要塞司令官ケレンコだった。彼の潜水服には、胸のところに、大きな三角形を二つくみあわせたマークがついていた。そしてその下に、「ケレンコ」とロシア文字がしるしてあった。
(うむ、見つかってしまったか)
と、太刀川の息づかいが、またもやあらくなる。
日本攻略作戦
「おい、リーロフ。この沈没船の積荷には、まんぞくなものが一つもないようだね」
ケレンコ司令官は、太刀川をリーロフ大佐と思いこんでいるのか、気がるにいった。それをきいた太刀川は、とびあがるほど喜んで、
「はい、ケレンコ閣下。どうも、こんどは少しやりすぎたようですね」
と、なにくわぬ調子で答えた。
「まあ、あまり、よくばるまい」
とケレンコはいった。
「ところで閣下は、なに用あって、ここへ」
太刀川はまだ、用心しながらたずねた。
「いや、これから君と一しょに海底要塞を検閲しようとおもうのだ。副司令として、君にみてもらいたいところがあるのだ。潜水隊員は、わしからひきとるように命じておいたから、心配せんでもよい」
「は、では、さっそくおともしましょう」
「いや、なかなかよろしい。君は副司令になってから、言葉づかいも日頃のらんぼうさも、急にあらたまったようだな。いや、わしもまんぞくじゃ」
なんという気味のわるいほめられ方であろう。あたかも「お前はリーロフになりきっていないぞ」と、いわれたようなものだ。
だが一方で、太刀川はしめたと思ったのである。ケレンコ自ら、大海底要塞を案内しようという。ねがってもない機会じゃないか。正しき者にはつねに天佑というものがあるというが、まったくである。
ケレンコについて、沈没船の外に出ると、そこには一隻の潜水快速艇が待っていた。それはケレンコが乗ってきたものである。速力のはやい小型の潜水艇で、潜水服をつけたまま水中で、のりおりできるのが一つの特徴だった。
二人は、艇の上蓋をとって、ならんで座席についた。運転士が下りてきて、二人の上に蓋をかぶせた。蓋は、すきとおったやわらかい硝子でできているので、外がよく見える。
潜水快速艇は、すぐさま動きだした。海底からひょいととびあがるところなどは、戦闘機が飛行場からまいあがって急上昇するのと同じであった。行手に大鯛の群がいたが、エンジンのひびきで、たちまち花火のように四方へちらばった。
「日本攻略は、いつ始めるお考えですかな」
太刀川は、たずねた。
「ふーん、それは君ともあらためて相談したいと思っていたんだ。わしは、はじめ、時期を待つつもりであったが、もうこうなれ
前へ
次へ
全49ページ中35ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング