ベルの音がしたかと思うと、太刀川の立っていた鉄格子の一方のはしが、がたんと外れて下におちた。
「あっ」
 といったが、おそかった。太刀川の体は中心をうしない、鉄格子の上をすーっとすべり、そしてその下にあいた口から、まっさかさまに落ちて行った。


   自分の名を知る覆面の男


 肩先を、ぽんと、けられたいたみに、太刀川は、はっと、我にかえってあたりを見まわすと、そこには、例の男が立っていた。
「ふっふふふ、だいぶ、おやすみのようだったね。あれぽっちのことで、目をまわすとは、案外、意気地のない奴だ」
 あくまで、にくにくしげにいう。
 そこは、何の飾もない物置小屋のようなところだった。
 太刀川は、鉄格子から落ちると、途中で網で受けとめられたような気がしたが、そのまま気を失ってしまった。その間に、この部屋に運びこまれたものらしい。
 あれから、どのくらいたったものか、とにかく相当時間がたっていることは、着ている服が、かわきかけていることでもわかる。
「おい、何をぼやぼやしている。早く立て、委員長閣下のお呼びだ」
「何、委員長?」
 太刀川は、そうつぶやきながら、いたむ体をやっと起して、たちあがろうとした時、
「おおそうだ。早くしろ」
 そういう声と共に、ユダヤ人の右足が、まるで犬ころでもけるように、太刀川の肩先へ、シュッと伸びてきた。
 とたんに、太刀川は、かるくかわした。そしてその足をぐいと引いたからたまらぬ。かの大男は、後向けに、どうとたおれた。
 さあ、ことだ。こんどはほんとに怒って、
「やったな。日本小僧」
 叫びながら両手をひろげて、鷲づかみにしようと、おそいかかって来たのだ。
 太刀川も覚悟はきまっていた。
 どうせ死地にあるのだ。辱《はずかし》めをうけるより、日本人らしくたたかって、死のう。
「来い」
「おう」
 大男が、咆《ほ》えるような声をあげて、さっととびかかろうとした時である。
「何をする。カバノフ」
 後から鋭く呼びとめた者があった。
「お前に、そんなまねをしろと、誰が命じた。委員長は先程から、待ちきっていられるぞ」
 するとかのカバノフと呼ばれた大男は、
「あ、ああ……」
 わけのわからぬ叫声《さけびごえ》をあげて、手をふり上げたまま、後じさりながら目を白黒。それをみて、
「はははは……そのざまは何だ。いくら貴様が力自慢でも、貴様の手にお
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