ている。さっきから、君の話は、すべて録音されているのだ。では、はじめたまえ」
太刀川時夫は、早口に語りはじめた。海面は、すぐ目の下に見える。あと百メートル足らずだ。波は白く泡をかんで、ただ一箇所、例の大海魔がもぐったあたりが、灰色ににごっているだけである。あわてさわぐ客をしり目に、太刀川青年は、海魔について自分の見たところを、できるだけくわしく報告した。そして彼は最後に、共産党太平洋委員長ケレンコと、潜水将校リーロフのことを、つけ加えることを忘れなかった。
「おおケレンコにリーロフか。二人とも○○国には、もったいないほどの優秀な人物だ」
と、原大佐は思わず、おどろきの声をあげた。
「僕は会ったことがある。二人とも、我々が注意していた人物だ。太平洋上へ落ちたとすれば、たぶん命は助るまいが、けっして油断はならない。太刀川君、飛行艇の寿命はあと数分のようだね。だが早まってくれるな。祖国のため、どんな苦しいことがあっても命を大事にしてくれ。そして、ケレンコとリーロフの消息には、これからも、気をつけていてくれ。その中こっちからも、誰かを……」
その時、人気のなくなったこの廊下へ、あわただしくかけこんで来た者がある。石少年であった。
「太刀川先生、早く……ほら、もうすぐ海におちる」
「おお、石福海か、ちょ、ちょっと待て」
しかし石少年は、ぐずぐずしていたら死ぬじゃないかという顔色で、太刀川青年の腕をぐんぐんひっぱる。
「よし、わかった。太刀川君、あとは君の天佑をいのるばかりじゃ」
事情を察した原大佐の声が聞えた。
太刀川も、ついにあきらめた。
「では大佐、さようなら。ごきげんよう……」
とたんに、飛行艇は海面にたたきつけられた。太刀川青年は、はずみをくらってあやうく、頭を天井にぶっつけそうになった。
出入口におしあっていた乗客たちは、いいようのない叫声をあげて、われがちに外へ出ようと争っている。海水はあけた扉から、どどどーっとながれこんで、みるみるうちに艇内は水びたしになる。
「ああ、だめだ、先生!」
「心配するな、しっかり僕の手につかまっておれ!」
太刀川青年は、そういって、すばやくステッキの蓋をすると、それを腰にさし、救命具をつけて、一つの窓をたたき破り、石少年とともにするりと艇外へ、くぐりぬけた。がぶりと、大きな波が二人をのみこんだ。
波とたた
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