始まるのである。僕の心臓は停りそうになった。
 しかし解剖医は逡巡《しゅんじゅん》も興奮をも示さず、きわめて自然にメスをあげて、屍体の右の耳の上に当てた。そしてそのまま、頭の上の方へスーッと引いた。なおも力を抜かず、そこから向う側にメスを廻して、左の耳の上までスーッと一と息に引いた。五厘刈の下から、白い筋が見えてきた。頭骨が現れたのである。こうして耳から上が、縦に立ち切られたのであった。
 医師はそこでメスを置いた。そして、頭部の皮の裂け目に手をかけて、蟇口《がまぐち》をあけるようにサッと前後へ剥《は》がした。その下から、白い頭蓋骨が、まるで彩色をしてない白い泥人形の頭のようにまるまると現れてきた。とたんに僕は気が強くなった。
 メスをさっと下ろした瞬間、僕は非常に厳粛な気持になったのである。なるほど、人間というものは実に悧巧なものである。よくこういう医科学を研究したものだと思った。そして二三ミリもある頭の皮がサッと二つに分かれても、もう恐ろしくはなかった。まるで屍体の感じがしなくて、人形のような感じがした。さっきアリアリと僕の心を打った少年の顔かたちが今は俄かに印象が淡くなった。第一
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