訳がないが、実はいよいよたいへんなことが始まったぞというので、僕の胆玉は上がったり下ったりして、現場を逃げだそうかどうしようかと思案に暮れていたときなので、その辺はハッキリ覚えていないのである。只、あれが生きている人間だったら、さぞ痛いことだろうと思ったことである。
 それから医師は、ピンセットの尖で、全身に渡って皮膚を軽くおさえながら、熱心に観察をした。目の孔も調べたようだ。
 それがすむと、傍に向って、手をあげた。すると白衣の助手が、屍体の向う側に廻って、腕と脚とをつかんで横向きにした。いや、横向きではない。とうとう背中を上に向けた。すると少年の顔が横に傾いた。白い手術台の上に、薄赤い液体がトロトロと流れだした。それは屍体の口と鼻のなかから流れだしたものだと分った。なんともいえない臭気がプーンと漂ってきた。
 医師は、背中を一応しらべた。それから後頭部にある打撲傷のような血の滲《にじ》みが見えるところに眼を近づけた。
 それから屍体は、また元のように上に向け直された。そして今度は頭の下に、枕があてがわれた。
 ピンセットが下に置かれた、医師の右手に大きなメスが握られた。――いよいよ
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