それだけであった。病人の手術とは違って、それは実に簡単な服装だった。
 それから警察医は、大きな鞄の口をあけた。中からは、果して解剖器具の入った大きな銀色の函を取り出した。蓋を払ってから、彼は中からメスを何本かと、その外なにかよく分らないが、ピカピカ光るいろいろの器具や、糸などを取出し、それを屍体が載っている解剖台の上に置いた。ガチャガチャと金属製の器具がすれ合う音を聞いていると、いよいよいけなかった。もしあの少年が仮死であって、医師が執刀すると同時に、キャーッとか叫んで立ちあがったとしたら、どうだろう。そう思った瞬間、僕の身体の重心が、どこか身体の外に移ってゆくような気がした。
 医師はピカピカ光る解剖の器械をことごとく揃えた。彼は立ち直って、解剖の屍体に近づいた。室内は俄かにザワついた。
 医師はピンセットの大きいのを右手にもって、屍体の顔をジッと見た。それから屍体の瞼をピンセットの尖《さき》でつまみ、皮をクルリと上にまくって、眼球をしらべた。右の眼も、左の眼もそうした。
 それから同じくピンセットを使って、鼻孔や口の中を調べていた――ように記憶する。記憶するというのは、ちょっと申
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