胸腔のなかを覗きこみながら、咽喉笛を切り取って、外にだした。それもやっぱり丁寧に切りひらかれた。それがメスの活動の最後だった。
内臓はすべて体外に出た。胸と腹との中は全く空っぽで、舟のような形になってしまった。少年の屍体は、なんだか寒《さ》む寒《ざ》むと見えた。
メスを下に置いた医師は、こんどは金属で作った湯呑み茶碗に柄をつけたような柄杓《ひしゃく》を右手に持った。そして助手に合図をした。
すると助手は、解剖台の下を探し、バケツを取出して、医師に渡した。医師はそれを左の手に受取って、再び屍体の傍に寄った。
なにをするかと見ていると、医師はその柄杓を、空っぽになった腹腔の中に入れた。そして水をすくうような恰好をして、バケツの中にうつした。ザーッと流れ込んだのは、赤い液体だった。もちろんそれは血液だった。
医師は血液をすくっては、バケツのなかに明ける。それを永い間くりかえした。柄杓をつけるたびにゴボッという音がする。そしてバケツにそれをあけるたびにサーッという音が聞えた。それは静かな室内に於ける只一つの音響であったためか、嵐のすぎさるような大きい響をたてた。僕は一生懸命に怺えてい
前へ
次へ
全19ページ中14ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング