かれた。
いよいよ問題の左右の肺臓が、切り放されて、身体の外に置かれた。これは更に入念に縦横に切開され、解剖医の眼はその上にジッと注がれた。
解剖を見ている者は、誰一人として声を出すものがない。床上に靴の音一つしないのである。なんにも音がしない。なんにも――とは、厳密にはいえないかも知れない。内臓を切り放し、外へ引出すときに、烏賊《いか》の皮をむくときのように、パリパリと音がするのであった。それは内臓を繋《つな》いでいる軟い膜が剥ぎ破られる音であろうと思った。
腹腔や胸腔の中が、だんだんがら空《あ》きになってきて、内臓は身体の横に、まるで野天の八百屋が、戸板の上にトマトや南瓜《かぼちゃ》や胡瓜《きゅうり》を並べたように、それぞれ一と山盛をなして置きならべられた。僕は不図《ふと》、それ等のものを直視した。すると、俄かに自分の脳髄がグッと掴まれるような感じがした。よくない傾向だ。脳貧血の先触れではないかと思うくらいだ。僕が油断をしたのがいけなかった。もう大丈夫と思って、それまでは張りつめていた心をすこし弛《ゆる》めたのがいけなかった。それで急に頭がフラついてきたのだ。
医師はなおも
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