早く見たいぞ。見て、まず安心をしたいのじゃ」
「はい。では、スイッチを入れましょう。まず第一のスイッチでは人造人間がばらばらと寄り、見事なスクラムを組んで戦車と化します」
「早くやれ!」
「では、――」
 スイッチが入った。人造人間部隊は、その瞬間にさっとどよめいた。
 がちゃがちゃがちゃん――と、まるで長い貨車の後から、機関車がぶつかったときのような音がした。と、なんという奇観《きかん》、人造人間は、吾《わ》れ勝《が》ちに、身体を曲げて車輪になるのがあるかと思うと、四五人横に寝て、鋼鈑《こうばん》となるものもある。それがたちまちのうちに折り重《かさな》って、びっくりするような立派な戦車に組上《くみあが》ってしまった。
 ああ、一万台の人造人間戦車隊の出現《しゅつげん》!
「うーむ」
 醤主席も、これにはよほど愕《おどろ》いたと見える。
「では、この辺で、いよいよ第二のスイッチを入れ、かの人造人間戦車に、全速力進撃を命じ、蹂躙《じゅうりん》させます。よろしゅうございますか」
 醤主席は、まだ咽喉《のど》から声が出てこないので、黙って頷《うなず》いた。
「では、只今、第二のスイッチを入れます。はーい」
 懸《か》け声と共に、第二のスイッチは入った。
 すると、一万台の人造人間戦車は、とたんに、ぶるんと一揺れ揺れた。と、たちまちものすごい勢いで、がらがらがらと疾走《しっそう》を始めた。但《ただ》し原地人軍の方へ向って前進しないで、何を勘《かん》ちがいしたか、あべこべに、醤軍の方へ向けて、全速力で後退を始めたではないか。
 呀《あ》っ!
 それは、ほんの一瞬間の出来事――いや、悪夢であったように思われる。一万台の人造人間戦車は、電撃の如く、呀っという間に、醤主席をはじめ全軍一兵のこらずを平等にその鋼鉄の車体の下に蹂躙し去り、それから尚《なお》も快速をつづけて、やがて、そこから三百キロ向うの海の中へ、さっとしぶきをあげて嵌《はま》りこんでしまった。
 あまりに意外な勝戦《しょうせん》に、原地人軍の酋長は、それ以来、自分が神様の生れかわりであると信ずるようになったそうである。
 一体、なにがこう間違ったのであるか。
 これについて、後日《ごじつ》、わが金博士はこのことを伝え聞き、そしてしずかにいったことである。
「あいつは、大馬鹿者じゃよ。渦巻気流というものは、北半球と南半球とでは、あべこべに巻くのだ。あの設計図にあるのは、北半球用のエンジンだ。南半球で使うときには、線輪《コイル》をあべこべに巻かなければ、前進すべきものが後退するのじゃ。油蹈天《ゆうとうてん》のやつに、組立のときは知らせよと、よくいって置いたのに、彼奴《きゃつ》め、自分だけの手柄にしようと思って、知らせて来なかったから、あんな間違いをひきおこしたのじゃ。惜しいものじゃ。たった一言、これは南半球で実験をするのですと教えてくれればよかったものを。……まあ、それが、積悪《せきあく》の醤や油の天命じゃろうよ」



底本:「海野十三全集 第10巻」三一書房
   1991(平成3)年5月31日第1版第1刷発行
初出:「新青年」
   1941(昭和16)年6月
入力:tatsuki
校正:まや
2005年5月15日作成
青空文庫作成ファイル:
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