常用戦車《じょうようせんしゃ》の中に乗り込み、文字どおり砂塵《さじん》を蹴たてて西進し、重工業地帯へ出動するのであった。
そこでは、これまた、得意の絶頂《ぜっちょう》にある油蹈天学士《ゆうとうてんがくし》が待っていた。彼は、この重工業地帯長官ということになっていて、かの金博士の発明になる人造人間戦車の部分品の製造監督に、すこぶる多忙《たぼう》を極《きわ》めていた。
「どうじゃな、油学士。どうも生産スピードが鈍《にぶ》いようじゃないか」
醤主席が到着すると、すぐいい出す言葉はこれであった。工場の中を見ないうちに、このおきまり文句《もんく》をぶっぱなすところが、主席の得意な嚇《おど》かしの手だった。
「え、とんでもない。仕事は、たいへんに進捗《しんちょく》して居ります。ちと、こっちを巡覧《じゅんらん》していただきましょう」
油学士は、猿《さる》が飴玉を口に入れたように頬をふくらませ、主席を案内していくところは、毎朝多少ちがっていたが、結局、主席が最後ににこにこ顔で腰を据《す》えるところは、外ならぬ人造人間戦車の主要部分品であるところの人造人間が、山と積まれている倉庫の前であった。
(やあ、いつ見ても、ええものじゃのう)
主席は、心の中で、すこぶる満足の意を表《ひょう》するのであった。
そこには、出来たばかりの人造人間が、ぴーんと硬直《こうちょく》したまま、ビールの空壜《あきびん》を積んだように並べられてあった。実に、世にもめずらしい光景であった。
「おい。油学士。この人造人間は、もううごくようになっているか」
「いや、まだでございます」
「なんじゃ。うごかないものを、どんどんこしらえて、どうするつもりか」
「すべて合理的な能率的なマッス・プロダクションをやって居りますです。人造人間をこしらえるときには、人造人間だけをつくるのがよいのであります。主席、どうか製作に関しては、いつも申上げるとおり、すべて私にお委《まか》せ願いたいものです」
「それは、委せもしようが、しかしこんなに一時に作っても、これが万一やりそこないであって、さっぱりうごかなかったら、そのときは一体どうするのか。百万台をまた始めからやりかえるのは困るぞ。それよりも、一台の人造人間戦車に必要な各部分を一組作りあげ、それで試験をしてみて、うまく動いてくれるようになれば、次にまた第二の戦車を一組作るといったように、手がたくやってもらいたいものじゃ」
醤主席は、かくも見事な重工業地帯を完成しても、その昔、英米《えいべい》から売りつけられた碌《ろく》に役にもたたない兵器に懲《こ》りた経験を思い出し、また重慶《じゅうけい》で、しばしば嘗《な》めた不渡手形的援醤宣言《ふわたりてがたてきえんしょうせんげん》の苦《に》が苦《に》がしさを想い出し、すべて手硬《てがた》い一方で押そうとするのであった。
しかし油学士は、反対であった。
「御心配は、御無用にねがいたい。天下に有名なるかの金博士の発明品に、作ってみて動かなかったり、組合わせてみて働かなかったり、そんなインチキなことがあろうはずはありません。現に、私が博士のところを辞しますときに、博士からこの人造人間戦車の模型を見せていただきましたが、実にうまく動きました。大したものでした」
「お前は、動かしてみたかね」
「はい。もちろん、上海《シャンハイ》では、やってみました。戦車を動かしますのは、渦巻気流式《うずまききりゅうしき》エンジンというもので、じつにすばらしいエンジンですな」
「渦巻気流式エンジンというと、どんなものじゃ」
「これは金博士の発明の中でも、第一級の発明だと思いますが、つまり、気流というものは、決して真直《まっすぐ》に進行しませんで、廻転するものですが、その廻転性を利用して、一種の摩擦《まさつ》電気を作るんですなあ。その電気でもって、こんどは宇宙線を歪《ゆが》まして……」
「ああ、もういい。渦巻気流を応用するものじゃと、かんたんにいえばよろしい」
頭が痛くなることは、頭の大きい醤主席にとっては、苦《に》が手であった。
渦巻気流式エンジンは、もうすっかり出来上って、倉庫に一万台分が収《おさ》めてあるときかされ、主席はやっと機嫌を直したのであった。
彼等は、夢中で話をしていたので、ついに気がつかなかったけれど、このとき、この二人の後にある塀《へい》の上から、色の黒いオーストラリア原地人の首が五つ、こっちを覗《のぞ》いていたのに気がつかなかった。もちろん、その首の下には完全な胴や手足がついていたわけで、彼らは、きょときょとと山積《さんせき》された人造人間に、怪訝《けげん》な目を光らせていた。
4
「おい、たいへん、たいへん」
五人の原地人|斥候《せっこう》は、酒をのんでいる酋長《しゅうちょう》のところへ、とびこんできた。
「なんじゃ、騒々《そうぞう》しい」
「たいへんもたいへん。あの醤《しょう》なんとかいう東洋人の邸《やしき》の中には、死骸《しがい》が山のように積んであります。あの東洋人は、弱そうな顔をしていたが、あれはおそろしい喰人種《しょくじんしゅ》にちがいありません。たいへんなものが、移民してきたものです」
「えっ、それは本当か。死骸が山のように積んであるって、どの位の数《すう》か」
酋長は、盃《さかずき》を手から取り落として、胸をおさえた。
「その数は、なかなか夥《おびただ》しい。ええと、どの位だったかな」
「そうさ、あれは、たいへんな数だ。九つと、九つともう一つ九つと、九つとまだまだ九つと九つと九つと……」
斥候は、汗を額からたらたらと流しながら、妙な方法で数を数えた。
それを聞いている酋長の方でも、だんだん汗をかいてきた。
「もう、そのへんでよろしい。お前のいうところによるとこれはたいへんな数である。わしが生れてこの方《かた》、この眼で見た鳥の数よりもまだ多いらしい。よろしい、これは、ぐずぐずしていられない。者共《ものども》、戦争の用意をせよ」
「えっ、戦争の用意を……」
「そうだ、かの醤軍と闘うんだ。わが村の忠良《ちゅうりょう》にして健康なるお前たちやわしが死骸にさせられない前に、あの醤軍の奴ばらを、あべこべに死骸にしてしまうのだ。どうも前から、いやな奴だと思っていたよ。彼奴《きゃつ》は、おれたちのところから、カンガルーを何頭、盗んでいったかわからない。その代金も、ここで一しょに払《はら》わせることにしよう。それ、太鼓《たいこ》を打て、狼烟《のろし》をあげろ」
「へーい」
とんだことから始まって、たちまち戦雲はふかくサンデー砂漠の空にたれこめた。
村の騒ぎは、醤軍の方へも知れないでいなかった。
醤主席は、重工業地帯からちょっと放れたところにある望楼《ぼうろう》へのぼって、村の様子を見渡した。
太鼓は、いやに無気味な音をたてて鳴り響いている。九本の狼烟は、まるで竜巻のコンクールのように、大空を下から突きあげている。その合図をうけとった原地人が、砂漠の東から西から南から北から、蟻《あり》のように集り寄ってくるのが見られる。なんという夥しい数であろうか。千や二千ではない。すくなくとも万をもって数える夥しい原地人の数であった。
醤は、これを見て、ちょっと顔色をかえたが、すぐ思い直したように、瘠《や》せた肩をそびやかせて、強《し》いて笑顔をつくった。
「ははは、たとい、あの何万の原地人が攻めて来ても、われには人造人間戦車隊があるんだ。鋼鉄製《こうてつせい》の人造人間に命令電波をさっと送れば、たちまち鋼鉄の戦車となって、貴様たちを、苺《いちご》クリームのように潰《つぶ》し去るであろう。わが機械化兵団の偉力《いりょく》を、今に思いしらせてやるぞ」
と、そこまでは、威勢《いせい》のいい声を出して、見得《みえ》を切ったが、その後で、急に情《なさ》けない声になって、
「……しかし、大丈夫かなあ。油学士の奴、おちついていやがって、部分品を作って数を揃えたはいいが、未だに試験をしていないのだ。電波のスイッチを入れたとたんに、うまくスクラムとやらを組んで戦車になってくれればいいが、万一人造人間の愚鈍《ぐどん》な進軍だけが続くようでは、原地人軍は、その間に人造人間の頭の上をとび越えて、わが陣営へ攻めこんでくるであろう。ふーむ、こんなにわしに心痛《しんつう》をさせるあの油学士の奴は、憎んでもあまりある奴じゃ」
すると、うしろで、えへんと咳払《せきばら》いがした。主席は、はっとして、うしろをふりかえってみると、何時《いつ》の間に現れたのか、そこには当の油学士が、いやに反《そ》り身になって突立っていたではないか。
「ああ醤主席、あなたが心痛されるのは、それは一つには私を御信用にならないため、二つには金博士を御信用にならないためでありますぞ。金博士の設計になるものが、未だ曾《かつ》て、動かなかったという不体裁《ふていさい》な話を聞いたことがない。主席、あなたのその態度が改められない以上、あなたは、金博士を侮辱《ぶじょく》し、そして科学を侮辱し、技術を侮辱し、そして……」
「やめろ。お前は、まるで副主席にでもなったような傲慢《ごうまん》な口のきき方をする。見苦しいぞ。わしはお前には黙っていたが、こんどの人造人間戦車が、満足すべき実績《じっせき》を示した暁には、お前を取立てて、副主席にしてやろうかと考えているんだ。しかし実績を見ないうちは、お前は一|要人《ようじん》にすぎん。――どうだ。本当に大丈夫か。仕度《したく》は間に合うか」
油学士は、かねて狙《ねら》っていた副主席の話を、思いがけなく醤の口からきかされたので、彼は処女《しょじょ》の如く、ぽっと頬を染め、
「大丈夫でございますとも、丁度《ちょうど》只今、一切の準備が整《ととの》いました。仍《よ》って、夕陽を浴びて、輝かしき人造人間戦車隊の進撃を御命令ねがおうと思って、実は只今ここへ参りましたようなわけで……」
と、油学士は、急に慎《つつ》しみの色を現して、醤主席を拝《はい》したのであった。
5
戦機《せんき》は熟《じゅく》した。
全身に、妙な白い入墨《いれずみ》をした原地人兵が、手に手に、盾《たて》をひきよせ、槍《やり》を高くあげ、十重二十重《とえはたえ》の包囲陣《ほういじん》をつくって、海岸に押しよせる狂瀾怒濤《きょうらんどとう》のように、醤の陣営|目懸《めが》けて攻めよせた。
これに対して、醤の陣営は、闃《げき》として、鎮《しず》まりかえっていた。
ただ、かの醤の陣営の目印のような高き望楼《ぼうろう》には、翩飜《へんぽん》と大旆《おおはた》が飜《ひるがえ》っていた。
その旆《はた》の下に、見晴らしのいい桟敷《さじき》があって、醤主席は、幕僚《ばくりょう》を後にしたがえ、口をへの字に結んでいた。
この望楼の前には、百万を数える人造人間が、林のように立って居り、その望楼の後には、これは赤い血の通った醤軍百万の兵士たちが、まるでワールド・シリーズの野球観覧をするときの見物人のような有様《ありさま》で、詰めかけていた。
雲霞《うんか》のような原地人軍は、ついに前方五千メートルの向うの丘のうえに姿を現した。
「おい、油学士。もう人造人間をくりだしてもいいじゃろう」
「はい。只今、命令を出します」
命令は出た。
人造人間部隊は、たちまち一せいに手足をうごかして、前進を開始した。冷い灰白色《かいはくしょく》の身体が、夕陽をうけて、きらきらと、眩《まぶ》しく輝く。
この人造人間は、精巧なる内燃機関で動くのであって、別に不思議はない。
人造人間部隊が粛々《しゅくしゅく》と行軍を開始して向ってきたので、原地人軍は、さすがにちょっと動揺《どうよう》を見せた。が、先登《せんとう》に立つ勇猛果敢《ゆうもうかかん》な酋長は、槍を一段と高くふりまわして、部下を励ました。
人造人間部隊は、粛々と隊伍を組んで進む。どこか算盤玉《そろばんだま》が並んだ如くであった。
「おい、油学士。もう始めてよかろう。わしは
前へ
次へ
全3ページ中2ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング