ざいます。それを下されば、このカンガルーの燻製を置いてまいります。下さらなければ、折角《せっかく》ですが、カンガルーの燻製は、再び私が背負いまして……」
「わかったよ、もうわかった。あの醤め、わしが、珍味に目がないことを知っていて、大きなものをせびりよる。よろしい。では、その設計図をやろう。これが、そうだ。組立のときには、わしに知らせれば、行って指導してやってもいい。しかしそのときは、うんと代償物《だいしょうぶつ》を用意して置けよ」
 そういって、金博士は、大きな青写真にとった設計図を、惜《お》し気《げ》もなく密使に渡してしまったのであった。


     2


 有頂天《うちょうてん》になって、“人造人間戦車”の設計図を押し戴《いただ》いて、三拝九拝しているのは、珍らしや醤買石《しょうかいせき》であった。
 醤は、サロン一つの赤裸《あかはだか》であった。頸《くび》のところに、からからんと鳴るものがあった。それはこの土地に今大流行の、獣《けだもの》の牙《きば》を集め、穴を明けて、純綿《じゅんめん》の紐《ひも》を通した頸飾《くびかざ》りであった。醤は、このからからんという音を聞くたびに、寒山寺《かんざんじ》のさわやかなる秋の夕暮を想い出すそうである。――なにしろ、ここは、人跡《じんせき》まれなる濠洲《ごうしゅう》の砂漠の真只中《まっただなか》である。詰襟《つめえり》の服なんか、とても苦しくて、着ていられなかった。
 この砂漠に、醤|麾下《きか》の最後の百万名の手勢《てぜい》が、炎天下《えんてんか》に色あげをされつつ、粛々《しゅくしゅく》として陣を張っているのであった。
 これは余談《よだん》に亘《わた》るが、彼れ醤は、日本軍のため、重慶《じゅうけい》を追われ、成都《せいと》にいられなくなり、昆明《こんめい》ではクーデターが起り、遂に数奇《すうき》を極《きわ》めた一生をそこで終るかと思われたが、最後の手段として、某所《ぼうしょ》に於て、英国政権に泣きつき、その結果、或る交換条件により、醤およびその麾下は、海を渡り、赤道を越え、遥かにこの南半球の濠洲のサンデー砂漠地帯の一|区劃《くかく》に移駐《いちゅう》することを許された次第《しだい》であった。
 ここでは、熱砂《ねっさ》は舞い、火喰《ひく》い鳥は走り、カンガルーは飛び、先住民族たる原地人は、幅の広い鼻の下に白い骨を横に突き刺して附近に出没《しゅつぼつ》し、そのたびに、青竜刀《せいりゅうとう》がなくなったり、取っておきの老酒《ラオチュー》の甕《かめ》が姿を消したり、泣《な》き面《つら》に蜂《はち》の苦難つづきであったが、しかもなお彼は抗日精神《こうにちせいしん》に燃え、この広大なる濠洲の土の下に埋没《まいぼつ》している鉱物資源を掘り出し、重工業を旺《さか》んにし、大機械化兵団を再建してもう一度、中国大陸へ引返し、日本軍と戦いを交《まじ》えたい決意だった。それからこっちへ十年、遂にこの砂漠の一劃に、十年計画の重工業地帯が完成したのを機に、密使《みっし》油蹈天《ゆうとうてん》をはるばる上海《シャンハイ》に遣《つかわ》して、金博士の最新発明になる“人造人間戦車”の設計図を胡魔化《ごまか》しに行かせたのであった。
 今や工学士油蹈天は、大任《たいにん》を果《はた》して、めでたくこの砂漠へ帰ってきたのであった。醤の喜びは、察するに余りある次第であった。
「おい、油学士。見れば見るほどすばらしい製図ではないか」
 醤は、どう褒《ほ》めてよいか分らないから、製図の見事なところを褒めることにした。
「はい。それだけに、私の苦心の要《い》ったことと申したら、主席によろしくお察し願いたい」
「それはよろしく察して居る。褒美《ほうび》には、何をとらせようか。カンガルーの燻製はどうだ」
「いや、カンガルーは動物園のような臭《にお》いがしていけません。――いや、それはともかく、想像していた以上に、これは実に立派にひかれた製図でございますが、更にその内容に至っては、正に世界無比の強力兵器だと申してよろしいと存じます」
「それで、わしには鳥渡《ちょっと》分らんところもあるから、お前、この図について、報告せよ。一体、“人造人間戦車”とは、どんなものか」
 とにかく御大将《おんたいしょう》ともあれば、威厳《いげん》をそこなわないことには、秘術を心得て居る。
「はは。そもそも金博士の発明になる人造人間戦車とは……」
 油学士は、前後左右、それに頭の上を見渡し、砂漠の真中の一本のユーカリ樹《じゅ》の下には、主席と彼との二人の外、誰もいないことを確かめた上で、
「……人造人間戦車とは、ソノ……」
「早くいえ。気をもたせるな。褒美は、なんでも望みをかなえさせるぞ」
「はい、ありがとうございます。さて、その人造人間戦車とは
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