ことであり、危険さから云っても自ら爆弾をいだいてこれに火を点《つ》けるようなものである。暗殺行為の片鱗《へんりん》が知られても、僕はこの上海から一歩も外に出ないうちに、銃丸《じゅうがん》を喰《く》らって鬼籍《きせき》に入らねばならない。
「おい井東《いとう》」と同志林田が、天井裏から青い顔をして降りてきた僕に、心配そうに呼びかけた。「こんどの指令は、大分《だいぶ》大物らしいね。僕は君のためにあらゆる援助をするようにと本部から指令されてきた。なんでもするよ」
僕は忠実なる同志の方に振り向こうともせず、無言の儘《まま》、寝椅子の上に腰を下した。五分か、十分か、それとも一時間か、時間は意識の歯車の上を外《はず》れて、空廻《からまわ》りをした。僕の脳髄は発振機のように、細かい数学的計算による陰謀の波動をシュッシュッと打ちだした。
計画は出来上った。林田を自分の寝椅子の方に手招《てまね》きすると、その耳に口をあてて、重要な援助事項を、簡潔に依頼した。林田の赤かった顔色が、見る見るうちに蒼醒《あおざ》めて、話が終ると、額《ひたい》のあたりに滲《にじ》み出《で》た油汗が、大きな滴《しずく》となってトロリと頬を斜《ななめ》に頤《あご》のあたりへ落ち下《さが》った。
「井東!」と林田が、また懐《なつか》しそうに僕の名を叫んだ。
「今度は所詮《しょせん》、お互に助かるまいな」
「……」僕は顔を静かにあげて微笑してみせた。
「うふふ」林田も笑った。「君はいつも自信のあるような顔をしているじゃないか。だが、この前のF鉱山事件といい、この間の松洞《しょうどう》事件といい、某大国や警視庁は、あの兇行《きょうこう》を君がやったことはよく知っているのだぜ。唯《ただ》、犯跡《はんせき》が明白にわからないのと、君が前から海龍倶楽部の一員として活躍し相当彼等のためにもなっているところから、たとえ間諜《スパイ》でも今殺すのは惜しいものだと躊躇《ちゅうちょ》しているのだよ。だが今度の暗殺事件が、ちょっとでも下手に行こうものなら、直《す》ぐ様《さま》、彼奴等《きゃつら》は、君の自由を奪ってしまうだろう。ところで、今度の大将は、中々したたかものだ。まず君は引導《いんどう》をわたされていると考えてよい。つまらない自信だが、僕も骨を曝《さら》すつもりでいるよ」
同志は大変悲観をしていた。が、悒欝《ゆううつ》で
前へ
次へ
全11ページ中2ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング