呀《あ》ッという声が、一座の中から発した。
「おお大変だ。人造人間が動きだしたぞ」
「こっちへどいた」
ガチャンガチャンと金属音を発して、人造人間は函の中から一歩外に出た。まるで魂が入ったもののようであった。
帆村は青い顔をして読みつづける。
「砲声ハマスマス激シサヲ加エテイッタ――」
「砲声」というと、人造人間はユラユラと三歩前進してとうとう室《へや》の中央へ出てきた。一座は鳴りをしずめ、片隅に互いの身体をピッタリより添わせた。
「墨汁《ぼくじゅう》ヲ吹イタヨウニ、砲煙ガ波浪ノ上ヲ匐《は》ッテ動キダシタ」
何にも動かぬ。
「重油ハプスプス燃エヒロガッテユク」
「重油」――という所で、人造人間はクルリと左へ向いた。
「砲弾モ炸裂スル。爆弾モ毒|瓦斯《ガス》モ……」
「爆弾」――というと、人造人間はツツーと駛《はし》って、博士の寝台のすぐ前でピタリと停った。これを見ている一同の顔には、アリアリと恐怖の色が浮んだ。
「……恐ロシイ爆音ヲアゲテ、休ミナク相手ノ上ニ落チタ。的《まと》ヲ外《はず》レテ落チタ砲弾ガ空中高ク水柱《すいちゅう》ヲ奔騰《ほんとう》サセル。煙幕《えんまく》ハヒッキリナシニ……」
うわーッ。
一同の悲鳴。「煙幕」というところで、人造人間は鋼鉄の太い右腕をふりあげて、エイヤエイヤと寝台の上を打つのであった。大江山課長の制帽は、たちまちクシャクシャになって底がぬけてしまった!
帆村はなおも落ついて先を読んだ。「烈風《れっぷう》」「激浪《げきろう》」「横転《おうてん》」という三つの言葉が出ると、人造人間は別々の新しい行動を起し、遂に「撃沈《げきちん》」という言葉を聞くと、すっかり元どおりに函の中に収ってしまった。
ハーッ。一同は期せずして大きな溜息《ためいき》を揃えてついた。
「……帆村君、ありがとう。君の実験は大成功だよ」
と、雁金検事が夢からさめたように云った。
「いや、恐ろしいやつは、馬詰丈太郎です。彼は博士の熟睡時間をはかって、こうして人造人間に殺害させたのです。人造人間操縦の暗号言葉を巧みに織りこんだラジオドラマを自作し、ラジオでもって人造人間に号令をかける。なんという素晴《すば》らしい思いつきでしょう。しかしこれもきょう電話で雁金さんが僕に暗示を与えて下すったので、発見できたものですよ。貴官はやっぱり玄人《くろうと》中の玄人ですね。いやとても僕なんかの及ぶところではありません」
と帆村は真実心からの敬意を表したのであった。
馬詰丈太郎が伯父を殺したわけは、ウララ夫人に対する邪恋を遂げるばかりではなく、博士の財産も自由にするつもりだったという。彼は事実、株に失敗して、某方面に一万円を越える借金に悩んでいた事が取調べの結果分った事である。
ウララ夫人は一年のち、東京を去った。どこへ行ったのか、ハッキリ知る人もなかったけれども、丁度《ちょうど》そのころサンタマリア病院の若きマクレオ博士もそこを辞して、帰国の途《と》についたということである。
問題の人造人間は、事件後某所に監禁せられたまま、それっきり陽の目を見ないという噂であるが、この監禁というのは何処にあるのか、誰も話してくれる者がない。
底本:「海野十三全集 第5巻 浮かぶ飛行島」三一書房
1989(平成元)年4月15日第1版第1刷発行
初出:「オール読物」文藝春秋
1936(昭和11)年12月
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:tatsuki
校正:花田泰治郎
2005年5月6日作成
青空文庫作成ファイル:
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