れど、正《まさ》しく蒼竜斎膝丸《そうりゅうさいひざまる》の「乃木将軍墓参《のぎしょうぐんぼさん》の旅」である。時計の針は九時を廻って、九時半の方に近づきつつあるものらしい。さっき喫茶店リラで紅茶を啜《すす》っていたときには、八時からの演芸放送のトップとして、ラジオドラマ「空襲葬送曲《くうしゅうそうそうきょく》」が始まったばかりのところだったが。
葬送曲だの墓参だのと不吉《ふきつ》なものばかり並べて、放送局も今夜はなんという智慧のないプログラムを作ったのだろう。然《しか》し不吉なものが盛んに目につく時は、その源の必ず大きな不吉が存在しているものだ。帆村はそれを思ってドキンとした。
(――なにか、血腥《ちなまぐさ》い事件が起ったのだろう。殺人事件か、それとも戦争か)
さっき喫茶店リラで、紅茶を啜りながら聴くともなしに聴いたラジオドラマは、将来戦を演出しているものだった。東京市民は空襲警報にしきりと脅《おび》え、太平洋では彼我《ひが》の海戦部隊が微妙なる戦機を狙っているという場面であった。戦争は果して起るのであろうか。
帆村理学士は濠端に出た。冷い風が横合からサッと吹いてきた。彼はレー
前へ
次へ
全34ページ中2ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング