わに並んでいた。隅には小さい鉄工場ほどの工具機械が据《す》えつけてある。それと反対の東側の窓ぎわには紫色の厚いカーテンが張ってあって、その上に大きな寝台があり、その上に竹田博士の惨死体《ざんしたい》が上を向いて横たわっていた。
 係官は、博士の死体のまわりに蝟集《いしゅう》した。実に見るも無惨な死にざまであった。顔面はグシャグシャに押し潰され、人相どころの騒ぎではなかった。もし赤い血にまみれ一本一本ピンと立った頤髯《あごひげ》の根もとに、ひとつかみほどの白毛《しらが》を発見しなかったら、これを博士と認知するのが相当困難であったろう。竹田博士は年歯《ねんし》僅かに四十歳であるのに、不精《ぶしょう》から来た頤髯を生やしていたが、どういうものかその黒い毛に交《まじ》って、丁度頤の先のところに真白なひとつかみの白毛が密生していることで有名だった。
 帆村は、竹田博士の死体をちょっと覗いていただけで、間もなく鳩首《きゅうしゅ》している係官の傍を離れた。そして彼は、室内を改めてズーッと見廻したのであった。
 そのとき彼の眼についたのは、器械棚と並んで大きな棺桶を壁ぎわに立てかけたような函《はこ》の中に納まっている鋼鉄製の人造人間であった。それは人間より少し背が高く中世紀の騎士が、ふたまわりほど大きい甲冑《かっちゅう》を着たような恰好をしていて、なかなか立派なものであった。そして頤の張った顔を正面に向け、高い鼻をツンと前に伸ばし、その下に切り込んだ三日月形の口孔《こうこう》の奥には高声器が見え、それから円《つぶ》らな二つの眼は光電管でできていた。また両の耳は、昔|流行《はや》ったラジオのラッパのように顔の側面に取りつけられ、前を向いたラッパの口には黒い布《きれ》で覆いがしてあった。
 人造人間に近づいて、しばらく見ていると、どこからともなくギリギリギリという低い音がしているのに気がついた。
「オヤ」
 と思った帆村は、試みに人造人間の鋼鉄張《こうてつばり》の胸に、耳を押しつけてみた。すると愕いた事にヒヤリとするだろうと思った鉄板が生暖く、そしてその鉄板の向うにギリギリギリという何か小さい器械が廻っているらしい音を聞きとることができた。
「ほう、この人造人間は生きているぞ」
 彼は目を瞠《みは》って、改めてこの人造人間を眺めなおした。そのとき彼は、実に愕くべき発見をしたのだった。
「呀《あ》ッ! 血だ、血だッ。人造人間の拳《こぶし》に、血が一杯ついている!」


     3


 帆村の愕きの声に、係官の一行は、函に入った人造人間の前にドヤドヤと集ってきた。
「ナニ血がついているって。おおこれはひどい」
「やあ、函の底にも、血痕が垂《た》れている。おう、ちょっと函の前を皆、どいたどいた」
 血痕と聞いて、一同、爪先《つまさき》だって左右にサッと分れた。
「ホラホラ。ここにもある、ウム、そこにもある。血痕がズーッと続いているぞ」
「なアんだ、寝台のところまで、血痕がつながっているじゃないか。すると、――」
「すると、この人造人間めが、博士を殺《や》ったことになる……のかなア」
「えッ、この人造人間が殺害犯人とは……」
 一同は慄然《りつぜん》としてその場に立ち竦《すく》み、この不気味な鋼鉄の怪物をこわごわ見やった。人造人間は、ピクリとも動かなかった。しかしまた、今にも一声ウオーッと怒号《どごう》して、函の中から躍り出しそうな気配にも見えた。
「皆さんはまさか、こんな鋼鉄機械が一人前の霊魂を持っていると決議なさるわけじゃありますまいネ」
 と、帆村が横合《よこあい》から口を出した。
「さあ、そこまで考えているわけじゃないが、とにかくこの人造人間の右の拳には博士の顔を粉砕したかもしれない証跡《しょうせき》が歴然と残っている」
 と検事は云った。
「こいつが生きている人間だったら」と大江山課長は人造人間を指《ゆびさ》していった。
「私は躊躇《ちゅうちょ》なく、こいつを逮捕しますがネ。しかし真逆《まさか》……」
「そうだ。だからわれわれは、この人造人間が博士を殺害してこの函の中に入ったまでの運動をなしとげたことを証明できればよいのだ。だがこの人造人間が果して動くものやら動かないものやらわれわれには一向分っていない」
「なアに雁金さん。こいつが動くことだけは確かですよ。今こいつの腹の中では、機械がしきりにゴトゴト廻っているのですよ。誰かこの人造人間に命令することができればいいのです。見わたしたところ貴官など最も適任のように心得ますが、一つ勇しい号令をかけてみられては如何ですか」
 と帆村は手を前にのばした。
 雁金検事は、すぐ顔の前で手をふった。
 そのとき大江山課長が進みでて、
「こういつまでも、訳のわからない機械を相手にしていたのでは始まりませんか
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