ら、いつもの手口の方から調べてゆきたいと思いますが、いかがでしょう」
「それもいいですね」と検事が同意した。
「そうなると、まずこの家の家族なんですが、夫人のウララ子が見えません。ばあやのお峰というのは、この事件を知らせて来たので、いま警察に保護してあります。ばあやは耳がきこえないのですが、夫人が外出先から帰ってきたので、お茶を持って上ってきたときに、夫人が入っていたこの部屋の中で惨劇《さんげき》をチラリと見たのだそうです」
「ウララ夫人は、いつ帰宅したんですか」
「ばあやの話によると、今夜八時をすこし廻ったときだったといいます」
「すると博士が死体となった鑑識時刻とあまり違わないネ。その夫人が、今家に居ないし、警察へ届出もしないというのはどうもおかしい」
と検事は首を傾《かし》げた。帆村はそれを聞いていて、なるほどさっきのあれ[#「あれ」に傍点]がそうだなと肯《うなず》いた。
「もう一人、この家によく出入りしている人物が居るのです。それは戸口調査で分っているのですが、馬詰丈太郎《まづめじょうたろう》といって、博士の甥《おい》に当る男です。彼は一ヶ月前まではこの家の中に同居していたんだが、今は出て五反田《こたんだ》附近のアパートに住んでいます」
「その甥の馬詰というのにもなにか嫌疑《けんぎ》を懸けることがあるのかネ」と検事はたずねた。
「彼は亡《なくな》った博士の助手をして、永くこの部屋に働いていたのです。しかしどっちかというと、彼は怠け者で、いつも博士からこっぴどく叱られていたということです。これもばあやのお峰の話なんですがネ。そして彼が博士の家を出るようになった訳は、どうもウララ夫人によこしまな恋慕《れんぼ》をしたためだという話です」
「なるほど、そいつは容疑者のうちに加えておいていいネ」
そういっているところへ、階下から一名の警官がアタフタと上ってきた。そして一同の前にキチンと姿勢を正して披露した。
「只今、馬詰丈太郎が門前を徘徊《はいかい》して居りましたので、引捕えてございます」
「おおそれは丁度いい。早速《さっそく》その軟派の甥を調べてみようと思いますが、如何で……」
そういう大江山の言葉を、雁金検事はすぐに同意した。
4
やがて博士の甥の丈太郎が、警官に護られて、階段の下から姿を現わした。彼は気障《きざ》ではあるが思いの外キチンとした服装をしている瘠《や》せ型の青年だった。
丈太郎は伯父の死体を見ると、ハラハラと泪《なみだ》を滾《こぼ》した。そして後をふりかえって係官の前にツカツカと進むより、ヒステリックな声で喚《わめ》きたてた。
「だ、誰が、この善良なる伯父を殺したのです。ああ僕が心配していた事が到頭《とうとう》事実になって現れたのです。だから僕は伯父さんの所から出てゆくのに気が進まなかったんです。さあ、早く犯人を逮捕して下さい」
検事と課長とは、ちょっと顔を見合せた。
「オイ丈太郎。君はなかなか芝居がうまいようだが、その手に乗るようなわれわれでないぞ」
と、大江山は一喝をくらわせた。
「なにが芝居です。そんなことを云う遑《ひま》があったら、なぜ貴方がたはもっと大局に目を濺《そそ》がないのです。貴方がたの不注意で、いま国家のために懸けがえのない人造人間研究家が殺害されたのです。国家の大なる損失です。伯父に匹敵《ひってき》する研究家が、わが国に一人でも居ると思うのですか」
これには大江山も参ってしまった。かねがね竹田博士の身辺を保護する必要のあることを考えないではなかった。しかしいろいろな手不足のため、心配していながらも、博士の保護を実践しなかったことは確かに手落《ておち》である。
大江山が敗色濃いのを見てとって、雁金検事が代って丈太郎にたずねた。
「すると君は、外国のスパイかなんかのことを云っているようだが、なにかそんな話を知っているのかネ」
「そんな話は、こっちで伺《うかが》いたいくらいのものですよ。しかし私だって、すこしは気がついていますよ。この向うのサンタマリア病院の内科医ジョン・マクレオなんざ、ずいぶん奇怪な行動をしているじゃありませんか。僕は向うの国の興信録をしらべてみましたが、医者としてマクレオの名なんか見当りませんよ。それにあいつの目の鋭いことはどうです。彼奴《あいつ》は物差《ものさし》こそ持っていないが、ひと目|睨《にら》めば大砲の寸法も分っちまうという目測《もくそく》の大家に違いありませんよ。あんな奴が、帝都の白昼を悠々歩いているなんざ、全く愕きますよ」
(そうか。あのジョン・マクレオという内科医が、そうなのか)と帆村は胸の中《うち》で自ら問い自ら答えた。それこそ、今夜、あの病院の玄関でウララ夫人を擁《よう》していた男に違いない。
検事はそこでギロリと眼を光
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