ンコートの襟《えり》をしっかり掻きあわせ、サンタマリア病院の建物について曲った。
 病院の大玄関は、火葬炉の前戸《まえど》のように厳《いか》めしく静まりかえり、何処かにシャーリー・テンプルに似た顔の天使の微《かす》かな寝息が聞えてくるような気がした。道傍《みちばた》には盗んでゆかれそうな街灯がポツンと立っていて、しっぽり濡れたアスファルトの舗道に、黄色い灯影《ほかげ》を落としていた。
 そのときだった。一台の自動車が背後の方から勢よく疾走してきた。帆村は泥しぶきをかけられることを恐れて、ツと身体を病院の玄関脇によせた。
 すると自動車は、途端にスピードを落として、病院の玄関前にピタリと停った。彼は見た。自動車の中には、中腰になって、洋装の凄艶《せいえん》なマダムとも令嬢とも判別しがたい美女が乗っていた。しかしなんという真青《まっさお》な顔だ。
「うむ、なにかあったな」
 帆村はドキンとした。
 女は濃いグリーンの長いオーヴァを着ていた。車を返すと、非常に気がせくらしく、受付の呼鈴《よびりん》にとびつくようにして釦《ボタン》を押した。
「ハロー、ウララさん。いまごろどうしましたか」
 突然奥の方から外国なまりのある男の声がした。見ると丁度このとき、病院の中から一人の若い西洋人が医師の持つ大きな鞄《かばん》を抱えて現れた。
「おおジョン。まあよかった。あたし、貴方に会いにきたところよ。とっても大変なことが起ったわよ」
「大変なこと? 大変というとどんな大変ですか」
「今家に帰ってみるとあの人が死んでいるのよ。あたしどうしましょう」
「おう、あの人が――あの人が死にましたか。私、すぐ診察に行きましょうか」
「診察ですって、まあ。そんなことをしてももう駄目ですわ。あの人の頭は石榴《ざくろ》のように割れているんですもの」
「石榴というと」
「滅茶滅茶《めちゃめちゃ》になって、真赤なんです。トマトを石で潰したように……」
「おおそれは大変! どんな訳で、そんなひどい怪我をしたのですか」
「どうしてですって」女は意外だという面持で、外人の顔を見上げた。
「……貴郎《あなた》の御存知ないことを、どうしてあたしが知っているものですか」
 と声をおとした。
 ジョンと呼ばれる外人は、ずり落ちそうになった折鞄を抱えなおした。
「ウララさん。もしやあの人は、何者かに殺されたのではないのです
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