と、壁の穴から、大してとおくないところに、イワノフ博士が大事にしている人造人間エフ氏を操縦する器械が見える。机のうえに乗っているんだ。あいつを、なんとかして壊《こわ》してしまおうではないか。すると人造人間はきっとうごかなくなってしまうとおもうよ」
「ああ、それはうまい考えですね」
「博士がかえってこないうちに、あれを壊してしまおう。ちょっと横にどいていたまえ」
 探偵帆村は、短い棒を手ににぎると、穴の中に手をさし入れた。穴が小さいので、手を一本入れると、向うを見るのがなかなか厄介《やっかい》である。
 帆村は、あらかじめ見当をつけておいてから、右手をにゅっと出して、ひゅうひゅうと棒をふった。だが棒が短いのか、帆村の腕が短いのか、うまく器械にあたらない。
「もっと長いものはないかしら。よわったな、じゃこうしてみよう」
 と、帆村は、棒をひっこめると、ハンカチーフをべりべりとさいて大急ぎで紐《ひも》をつくり、それを棒のさきにくくりつけた。それから紐の他の端には、ナイフをくくりつけた。
「これで、もう一度やってみよう」
「なるほど、帆村さんは、うまいことを考えだすなあ。僕すっかり感心しちゃった」
「なあに、くるしまぎれのちえだ」帆村は、ふたたび穴の中に右手をいれた。そして、手にもった棒をふりまわした。棒の先に紐で結ばれたナイフは、きりきりまわっていたが、やがてがたんと手応《てごた》えがあった。が、それっきり、棒がうごかなくなった。
「あれえ、どうしたのかな」といったが、帆村の腕は、腋《わき》の下まで穴の中にすっぽり入っているので、穴の隙間《すきま》がない。したがって向うも見えない。すると、とつぜん、大きな声だ。
「だ、誰だ!」イワノフ博士のこえだ。
「しまった。もう、いけない」帆村は、もうこれまでと思い、棒を握ったまま、満身《まんしん》の力をいれて、ぐっと手もとへひっぱった。
 ずいぶんくるしかったが、棒はやっとうごいた。重いものが床の上におちる音がした。それはエフ氏を操縦する器械が下におちたのである。そのとたんに、
「あ、いたい」と、帆村が叫ぶ。このとき棒は彼の手から放れてしまった。彼は大急ぎで穴から腕をひっこめた。
「うおーっ」と、獣《けだもの》のようなものが呻《うな》るこえ。
「さあ、たいへん。ううん、よわった」これはイワノフ博士のこえ。
 博士の室内からは、なにかどすんどすんと重いものがぶつかっている気配《けはい》だ。そうかと思うと帆村と正太の押しこめられている壁までが、ずしんずしんとひびいて、壁土がばらばらとおちはじめた。
「これ、人造人間エフ氏。しずまらんか。しずまれというのに」
 博士の室内のもの音は、ますます大きい。いろいろなものが、こわれていくらしい。
「あっ、どうするのだ」
 と、博士が叫んだとき、帆村と正太のはいっていた室の土壁が、がらがらと崩れた。あっとおもう間もなく、その穴からとびこんで来たものは、人造人間エフ氏であった。たいへんな力であった。
 さあ二人は、どうなるであろうか。


   暴れる人造人間《じんぞうにんげん》


「うおーっ」
 と、ものすごい唸《うな》りごえをあげて、人造人間エフ氏は、部屋の中をあばれまわる。姿だけ見ると、それはまるで正太少年があばれているとしか見えなかった。エフ氏のそのときの顔といえば、そのものすごい唸りごえに似合わず、にこにこ笑っていた。にこにこ笑いながら、ものすごい唸りごえをあげて、手あたり次第、壁をつきこわしていくのである。これは、ものすごい顔をして、あばれられるのとちがい、かえってよけいに気味《きみ》がわるかったと、後に帆村探偵が、そのときのことを思いだして、語ったことであった。帆村と正太少年とは、壁の隅っこに小さくなって、人造人間が、こっちへやってこないことを祈っていた。でも、あまりに、そのあばれ方が、はげしくなるので正太はついに、帆村のそばへすりよった。
「帆村さん、大丈夫?」
「うん、たいてい大丈夫だろう」
 帆村探偵のこえは、おちついていた。そのこえをきくと、正太は、急に気がつよくなった。
「帆村さん。エフ氏は、なぜあばれているんですか」
「さあ、よくは分らないが、さっきエフ氏を動かす器械を下におとしたろう。あのとき、その器械のどこかがこわれてしまったので、それでエフ氏が急にあばれだしたんだと思うよ」
 帆村探偵は、このさわぎの中にも、なかなか頭をはたらかせた。正太は、それをきいて、また恐しくなった。
「じゃあ、エフ氏は、気が変になったわけですね。もし僕が気が変になったら、あんな姿であばれるんだと思うと、いやだなあ」と、正太は、心がくらくなった。
「ああもっともだ」と、帆村は相槌《あいづち》を打って、「あんなものは、見ない方がいいよ。君は、頭をさげて、じっと見ないでいたまえ」と、帆村は正太の頭を抱《かか》えてやった。
 人造人間エフ氏は、ますますものすごくあばれる。土をとばし、石塊《いしころ》をとばし、まるで闘牛《とうぎゅう》が穀物倉《こくもつぐら》のなかであばれているようであった。イワノフ博士は、どうしたであろうか。
 博士は、向うの部屋で、これも背中を丸めて、じっとこっちの様子を見守っている。
「あっ、たいへんだ。こうでもなければ、これをこう動かしてみるか」
 よく見ると、博士は、人造人間の操縦機を前において、しきりに、たくさんのスイッチを切ったり入れたりしているのであった。たしかに、どこかが故障らしく、博士の思うようにはうまくいかないので、よわっているのだった。
「ちぇっ、これでもだめだ。仕方がない。この操縦器を一度分解して、なおすより外ないらしい」
 博士は、もう夢中で、額《ひたい》の汗をはらいながら、ネジ廻しをもち出して、操縦器の分解にかかった。そのとき、博士の持つネジ廻しが、どこにふれたものか、ぱっと火花が出た。
「あっ」と、イワノフ博士がおどろきのこえをあげたとき、今まで監禁室《かんきんしつ》であばれていた人造人間は、くるっとむきをかえて、博士の部屋にとびこんできた。
「あっ、あぶない!」
 と、博士のおどろきのこえが終るか終らないうちに、人造人間エフ氏は、まるで砲弾《ほうだん》のような速さでもって、天井へ向けてとびあがった。どーんとすごい音、そしてばらばらとおちてくる土や石塊《いしころ》。それっきり人造人間エフ氏の姿は、見えなくなってしまった。
 人造人間エフ氏は、どうしたのであろうか。いまエフ氏は、真暗《まっくら》な空を、ひゅーっとうなりごえをあげながら、砲弾のように、東の方にむかってとんでいく。
 そして、どうしたのか、ときどき身体がぱっと気味わるく光った。光るたびに、エフ氏の身体は空中でぐるぐる廻転して、まるで人間花火みたいであった。エフ氏の身体は、だんだんと、空高くのぼっていくように思われた。その当時、あれ模様の空からは、急にはげしい風が吹きはじめたが、それはエフ氏が風《かぜ》の神《かみ》に早がわりをしたかのように思われた。
 エフ氏は、はげしいいきおいで、空をとんでいく、夜中だから、まだいいようなものの、もしもこれが昼間であったとしたら、道ゆく人たちは、空を飛ぶ少年姿のエフ氏を仰いでさぞ胆《きも》をつぶしたことであろう。きっと、百人や二百人は、目をまわすものがでてきたことであろう。


   岩窟《がんくつ》の押し問答《もんどう》


 岩窟の中では、帆村と正太の二人が、元気をもりかえした。エフ氏がとびだしたので、イワノフ博士は、すっかりあわてている。そこをねらって、帆村と正太とは、右と左とから、博士をおさえつけたのだった。
「さあ、イワノフ博士。しずかになさい」
「あっ、わしをおさえて、一体どうしようというのか」
「知れたことです。人造人間を日本へもちこんだあなたの悪い仕業《しわざ》を、どうしてこのままゆるしておけるものですか」と帆村は、博士ににげられないように、その手に、縄《なわ》をかけた。
「おや、これはなにをするのかね」博士は、じろりと、帆村をにらんだ。
「お気の毒ですが、こうなっては、どうもやむを得ません。あなたに逃げられると、またとんでもないさわぎをくりかえさなければなりませんのでね」
 帆村は、はっきりと博士に対して、引導《いんどう》をわたした。
「ぶ、無礼な奴じゃ。だが今にみるがいい。貴様の方で、どうぞこの縄をとかせてくれという時がくるだろうよ」と、イワノフ博士は、ぶつぶついいながら怒っている。
 帆村は、そんなおどかしの手には乗らない。そこで正太少年に目くばせして、博士のうしろから気をつけているようにたのんだ。帆村は、ここでイワノフ博士に、人造人間の秘密を早くいわせるつもりだった。
「博士。あなたは、人造人間エフ氏を日本へ連れこんで、どうするつもりだったのですか」
「ははあ、そろそろ取調べがはじまったというわけだな。そんなことは、そっちで考えてみたらいいだろう」博士は、ふてぶてしく、顔を天井《てんじょう》の方にむけていった。
「博士、返事ができないようですね。いや、その返事は、あとで聞くことにしましょう」と、帆村は、イワノフ博士の様子をじっとうかがいながら、「博士。あなたは、人造人間エフ氏を、この電波操縦器でもって、いつも動かしていたのでしょう。人造人間は、いわば自動車のようなもので、運転手がのって、エンジンをかけ、そしてハンドルをとると動くので、自動車ひとりでは動かない。それと同じように、エフ氏も、エフ氏ひとりでは動かない。博士が、この操縦器についているたくさんのスイッチを、うまい工合に入れたり切ったりしないかぎり、エフ氏は動かないでしょう。どうです、それにちがいありますまい」
 帆村は、するどく、人造人間の秘密に切りこんだ。
「はははは、そこまで分っていれば、なにもわしに聞くことはないじゃないか。どうじゃ、日本には、人造人間などというこんなりっぱな器械があるかね。いや、ありますよといっても、世界中の誰も信用しないであろう」
 と、博士は、いやなことをいう。帆村は、それには一向とりあわず、さらに一歩前に出て、
「ねえ博士。そこで僕は一つ、あなたに御注意をしますが、どうも、あの人造人間エフ氏は、あなたの自由にならなくなっているように思うんですがね。つまり、エフ氏は、勝手に動きだしているように思うんです。これは、御心配なさらなくてもいいのですか」
 帆村の質問は、たしかに博士の痛いところをついたようであった。それまで、いばって胸をはっていたイワノフ博士が、帆村のこの質問をきくと、急にあわてだした。
 ここぞと、帆村はまたするどく、言葉でもって切りこんだ。
「どうです、博士。人造人間エフ氏は、あなたの心にそむいて、こんなに壁に穴をあけ天井をつきぬき、そのうえどこかへとびだしました。まさか、あなたは、エフ氏に対し、博士が苦心してつくったこの岩窟を、こんな風にこわせとは、命令されなかったのでしょうにねえ」
「うむ。それは……」
「博士。エフ氏を、このまま放《ほう》っておいて、それでさしつかえないのですか。エフ氏に勝手なことをさせておいていいのですか。もしやエフ氏が、海の中へとびこんだとしたらどうでしょう。たちまち海水が、身体の中の器械をぬらしてしまって、動かなくなるでしょう、そうなれば、折角《せっかく》の人造人間が、だめになってしまいます」
「海水ぐらいは平気じゃ。いや、これは……」
 と、口をおさえたが、この博士の言葉から考えると、人造人間は、水にぬれても大丈夫《だいじょうぶ》のようにできあがっているらしい。どこまでもよくできた人造人間だった。


   人造人間《じんぞうにんげん》の操縦


 博士は、急に、そわそわしはじめた。立ってもすわってもいられない様子だ。帆村探偵は、正太の方に、目配《めくば》せをした。
 正太は、帆村の顔色を察して、だまって、うんうんとうなずいた。
「ねえ、博士。人造人間が、こわれないうちに、この操縦器をつかって、おとなしく呼びもどしておいたがいいでしょう」
「うん、それは
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