そうだが、わしの手は動かない。この縄をといてくれ」
「はははは。あなたの方でといてくれといいだしましたね。しかし、とくことはなりません」
「なぜとかないのか。とかないと、人造人間は大あばれにあばれて、今に、日本の国民全体が、大後悔《だいこうかい》しても、どうにもならんような一大事がおこるが、それでもいいのじゃな」
「博士、おどかしは、もうよしてください」と帆村はひややかにいい放った。
「なるほど、あなたの手は動きません。しかし口は利けるのですから、口でいってください。僕がそのとおりに、操縦器のスイッチを切ったり入れたりしましょう」
「ははあ、分った。貴様、人造人間の操縦法を、わしから聞きだそうというのじゃな」
「そうです。早くいえば、そうです」
 博士は、しばらく考えこんでいた。が、やがてその面上《めんじょう》には、決心の色がうかんできた。
「仕方がない。わしの知っていることを、君におしえてやろう」
 博士の考えが、たいへん変った。帆村に、人造人間の動かし方をおしえるという。そういう博士の心変りの奥に、どんなおそろしい計略があるのか、決して油断はできなかったが、とにかく今、人造人間エフ氏があばれ出しているのだから、博士としてはとりあえず帆村の力を利用してでも、エフ氏を自分の手許《てもと》にとりもどしたい気持であることは、よくわかった。
「さあ、おしえるから、よくおぼえるのだ、いいかね。この主幹《しゅかん》スイッチをおすと、電波が出て、エフ氏の身体の中にある受信機に感じるのだ」
「なるほど」
「そうしておいて、こっちに一から百まであるスイッチのどれかをおすのだ。このスイッチは、いろいろと、ちがった動作をするようにできている。わしのポケットに、それを説明した虎《とら》の巻《まき》があるから、出してみたまえ」イワノフ博士は、身体をねじってポケットを帆村の方に向けた。この中には、なるほど操縦虎の巻と書いた小さな本があった。
「どうだ。よくできているじゃろう。たとえば第十九番のスイッチを入れると、人造人間エフ氏は、相手の心の中をすっかり知ってしまう」
 博士は、たいへんなことをいいだした。人間の心がわかる仕掛《しかけ》があるというのだ。
「イワノフ博士。相手の心の中がわかるなんて、そんなばかばかしいことができるのですか」
「ふん、そんなことにおどろくような頭脳《あたま》じゃから、日本では、科学の発達がおくれているというのだ」と、博士は軽蔑《けいべつ》の色をみせて、「人間が物を考えるということは、脳髄《あたま》の働きだということになっているが、その脳髄の働きというのは、じつはやはり電気の作用なのだ。そしてラジオと同じように、或る短い電波となって、人間の身体の外へも出てくる。電波が出てくるんだから、それをつかまえることは、やはり受信機さえあれば、できることじゃ。もちろん、ラジオの受信機とはちがう。もっと短い電波に感ずる特別の受信機じゃ。これはエフ氏の身体の中に、とりつけてある。どうだ、おどろいたか」
「なるほど。そうして、相手の心の中がわかれば、それに従って返事をしたり、握手したり、一しょに歩いたりすることができる」
 ああ、なるほど、そういっているときだった。室内にあったラジオの受信機が、いきなり臨時ニュースを喋《しゃべ》りだした。
「東海道線が不通となりました。保土ヶ谷のトンネルが爆破されました。例の怪少年が、この事件に関係しているようです。現場《げんじょう》一帯は大警戒中ですが、戦場のようなさわぎが始まっています」
 博士と帆村は、思わず目と目とを見あわせた。


   大事件!


 保土ヶ谷トンネルが爆破された! 人造人間エフ氏が、それに関係しているという! 東海道線が、不通となってしまった!
 帆村探偵はイワノフ博士を、じっと睨《にら》みつけている。彼は心の中の苦悶《くもん》をかくすことができなかった。なぜなら、帆村はその夜、東北方面の優秀な特科兵で編成された某師団が、その夜を期して西の方へ急行することを知っていたので、それを思いあわせて、たいへん心が痛んだのであった。
 その出征師団《しゅっせいしだん》は、どうするであろう。保土ヶ谷トンネルが爆破されてしまえば、列車はもちろん通じない。すると、一たん列車から下りて、あの山路を越えていかねばならないが、あの重い機械化された部隊が、あの※[#「山+険のつくり」、第3水準1−47−78]《けん》を越えていくのは、たいへんな手間でもあり、時間つぶしであった。しかし、この出征師団は、ある戦況に応ずるため、一時間でも早く目的地の大陸へつかないと、その戦地において、わが大陸軍は、大なる損害をこうむらなければならない。
 いや、保土ヶ谷トンネルの爆破だけでおわれば、まだいいのであるが、イワノフ博士は、手を縛られていながら、さっきから小気味よげに、(今にごらんなさい。もっともっとたいへんなことが起るから……)と、いいたげな顔をしているのであった。それを考えると、帆村の腸《はらわた》は、煮えくりかえるおもいだった。
「イワノフ博士。あなたは、人造人間エフ氏をとりしずめる方法を知っておいでだろう。すぐそれをやってください」
 と、帆村探偵は、くやしいのをおさえて、博士にいった。するとイワノフ博士は、それ見たかという顔で、
「だめだめ、そんなことは。なにしろ、器械の故障なんだから、なにをしてもだめだよ。わしの手におえないものが、君の手におえるはずがないじゃないか」と、うそぶく。
 帆村は、歯をくいしばって、くやしがったが、どうすることもできない。
 すると、さっきから、じっとこれを見ていた正太少年が、口をだした。
「帆村のおじさん。こうすればいいのじゃないんですか。つまり、その操縦器をこわしてしまうんですよ。それさえこわしてしまったら、エフ氏も自然うごかないんじゃないのですか」
「うん、正太君、えらい。それはいい思いつきだ、じゃあ、操縦器をうちこわすか!」
 といって、帆村は、よこ目で、イワノフ博士の顔をみた。博士は、ふふんと、鼻の先で、それを笑っているようであった。帆村は、ちょっと迷った。ここでイワノフ博士が狼狽《ろうばい》してくれればいいのに、すこしもおどろいた様子がみえないのである。といって、いつまでもぐずぐずしているわけにはいかない。せっかく手に入れた操縦器をぶちこわすのは、残念だが、どうも仕方がない。帆村は、その岩窟《がんくつ》の隅にもたせてあった大きな鉄の棒をとりあげた。そして、操縦機を睨みながら、うんと大きく、ふりあげたのであった。
「あははは、そんなことをして、あとで、後悔しないがいいぞ」
 それにかまわず、帆村は、えいやッと鉄の棒をうちおろした。その一瞬、一大音響の下に目もくらむような電光が、ぱっと室内を照らした。
「あッ!」と、帆村は、おどろきのこえをあげると、その場にもだえつつ、ばったりたおれた。
「ふふふふ、それ見ろ。だから、よせといったのだ」
 博士は、せせら笑って、立ちあがった。いつの間にか、博士をしばってあった縄が、全部とけていた。おどろいたのは、正太であった。
「イワノフ博士、あなたは、悪い人だ。帆村さんを、元のようにかえしてあげなさい」
「なにをいうか、正太。お前も、一しょにそこで長くのびているがいい」
 そういうと、イワノフ博士は、正太の頤《あご》をがんとつきあげ、正太があっといって倒れるのを尻目に、すばやく、部屋をとびだした。岩窟の外は、闇であった。イワノフ博士は、懐中電灯をつけると、どんどん麓《ふもと》の方へかけだした。遠くの空が、うす赤くこげている。どうやらそれは、戸塚の方角らしい。


   戦場そっくり


 博士は、どんどんと山道を駈けくだっていった。老人とも見えない足早であった。
「さあ、もう日本に永くいることは、無用だ。行きがけの駄賃《だちん》というやつで、かねて計画しておいた帝都東京を焼きうちして、それからおさらばということにしよう」
 イワノフ博士は、からからと笑って、なおも、走りつづけた。
 こっちは、帆村探偵だった。電撃をうけて、彼は一時ひっくりかえったが、ほどなく、正気にかえった。あたりは、しーんとしずまりかえっていたのに、びっくりして、はね起きた。起きてみて、三|度《たび》びっくりだ。傍《そば》に正太少年が、長くなって倒れているではないか。
「おい正太君、しっかりしなさい」と、抱《かか》えあげて、ゆすぶると、正太も気がついた。
「おい、イワノフ博士がいないぞ。さては、にげたか」
 そのへんを探したが、もちろんイワノフ博士の姿が見つかるはずがない。そのとき、二人の頭の上で、またラジオが鳴りだした。また臨時ニュースだ。
「臨時ニュースを申上げます。保土ヶ谷トンネルの爆破現場《ばくはげんじょう》は、わが軍隊によって、完全に包囲されました。怪少年と見えたのは、どうやら恐るべき人造人間であることが推定されましたので、戦車部隊が、円陣《えんじん》をつくりまして、だんだん輪を小さくして、人造人間を捕えるのに努力中であります。――あ、只今、追加のニュースが入りました。人造人間は、さきほどから、急に様子がかわりまして、しきりに土を掘っています。たとえどこへ潜りこみましょうとも、もう間もなく捕えられることでありましょう。臨時ニュースを、おわります。なお、いつ、避難命令が出ますかわかりませんから、どうぞスイッチをお切りにならないようにと、当局からのご注意がありました」
 帆村と正太とは、おもわず走りよって、手を握った。
「行こう、保土ヶ谷へ」
「行きましょう」
 二人は、外へとびだした。が、まっくらで山道を歩くのは、たいへんむずかしそうであった。二人は、また岩窟《がんくつ》にかえり、手提電灯《てさげでんとう》をさがしてから、改めて山を下っていった。
「よかったですね。エフ氏は、間もなくつかまりますよ。博士は、どうしたんでしょうか」
「博士も、現場へいったのではないかしらん。早く電話のかけられるところまで出たいものだ。だが、大体、もう安心だろう。博士だって、老人だから、そのうちにくたびれて、警官にとっつかまるだろう」
 二人は、だんだん気がかるくなったようにみえた。しかし、そんなに安心していていいのであろうか。イワノフ博士は、どうしたのであろうか。帆村と正太とは、大いそぎで山をくだっていったが、四十五分ほどのちに、ついに非常線にひっかかった。非常線にひっかかることは、二人にとって、かえって喜びであった。
 帆村は、警官隊へ、これまでのことを、かいつまんで話をした。そしてイワノフ博士を捕える手配をすることが大事であると告げた。幸いなることに、その近くに警察ラジオの送受信機をもった自動車が、警戒と連絡のために来ていたので、帆村は、すぐさま、その送信機をつかって、逃げたイワノフ博士を捕えるよう、彼の考えをのべたのであった。それを聞いていたのは、警視庁の大江山捜査課長であったが、
「よし、わかった。では、すぐ手配をするから、安心してくれたまえ」
 といって、帆村のはたらきをほめた。帆村と正太とは、それから自動車で、保土ヶ谷のトンネル附近へ、はこんでもらった。現場は、火事場さわぎであった。消防自動車が高いビルの消火のときにつかう長い梯子《はしご》をまっすぐ上にのばし、その上から探照灯でもって、エフ氏の逃げこんだ谷あいを照らしていたが、その明るい光は、一本や二本でなく、方々から同じところに集められているので、谷あいは、真昼のような明るさである。
「どうしました、人造人間は?」と、帆村が一人の警官にきけば、
「人造人間は、あの大きな木が倒れているあたりから、地中へもぐりこんだきり、なかなか出てこないのだ」
 そのとき、その谷あいが、轟然《ごうぜん》たる一大音響とともに爆発した。ものすごい火柱がたち、煙と土とが、渦《うず》をまいた。すべては探照灯に照らしだされて、更にものすごさを加えた。


   大団円


 おもいがけない爆発だった。
「ははあ、正太君。人
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