造人間エフ氏は、とうとう自爆をしたんだよ」
 帆村探偵は、手をひいている正太に教えてやった。
「ああ、とうとう自爆したんですか」と、正太はほっと溜息《ためいき》をつき、
「でも、いくら人造人間でも、僕と全く同じ形をした少年の身体が、こなごなにとび散ったとおもうと、なんだかへんな気がするなあ」と、いった。もっともなことである。
 人造人間の自爆は、他の方からも、つたえられてきた。やれやれこれで安心だというものもあれば、惜しいことをしたというものもあった。
「さあ、残るはイワノフ博士の行方《ゆくえ》なんだが、一体どうしたんだろう」
 帆村は、しきりに、そのことを気にしていた。イワノフ博士の行方について、くわしいことが帆村の耳に入ったのは、その次の日の朝であった。
 それを話してくれたのは、横浜の水上署の警官で飛田《とびた》という人だった。その話というのは、こんな風であった。
「いや、全くおどろきましたよ、昨夜の十時ごろでしたかね。私が、ランチにのって、港内を真夜中の巡回《じゅんかい》をやっていますと、海面にへんなものを発見したんです。船でもないのですが、海面を相当のスピードで進んでいくものがある。すぐさまエンジンをかけて、こいつを追跡しましたよ。ところが、びっくりしたじゃありませんか。近づいてみると、これがたいへんなものです。なんだと思いますか、あなたは。じつに、そいつは、人間の形をしているのですよ。髭《ひげ》づらの老人でしたが、服を着たままで、港外の方へ泳いでいくんです。いや、ところがです。泳ぐといっても、クロールやなんかではない。魚雷《ぎょらい》が波をきって進んでいくようなあんばいで、すっと波を切って走っていくんですからね、しかも相当のスピードでいかなオリンピックの選手だって、ああはいきませんよ。私は、まるで狐《きつね》にばかされているような気がしましたが、なにしろはやいのですから、そのままに放《ほう》っておけません。すぐさま無電で、本署に報告しました。――本署ではおどろいて、私になおも追跡を命ずるとともに、警備艦隊へ知らせたんです。そこで、大さわぎとなったんですが、その泳ぐ怪人を追跡していったのはついに私のランチだけで、他の艦艇は、みな間にあいませんでした」
 と、飛田警官は、そこで身ぶるいした。
「それはイワノフ博士にちがいないというんですね。え、老人ですよ、小さい探照灯で照してよく見ましたが、洋服のまま泳いでいました。とにかく追跡しているうちに、その怪人は、海中に出ている大きな浮標《ふひょう》のようなものに泳ぎつき、そのうえによじのぼったんです。浮標の上からも、数人の水兵が、手をさしのべて、この怪人をひっぱりあげました。こうお話しても、浮標の上に、水兵がいるのは、おかしいとおっしゃるのでしょう。ごもっともです。それは、これから説明しますが、おやおやと私が訝《おか》しく思っているうちに、その浮標は、ずんずんと海中に沈んでいったんです。(あっ、潜水艦だ!)と気がついたときには、もうあとの祭です。つまりその怪人はそこに待ちうけていた潜水艦の中にひっぱりこまれ、そして逃げてしまったんです。いや、でたらめではないのです。当局のえらい方からも、後で話を聞きましたが、その潜水艦は、たしかに○○のものにちがいないとの話でした」
「私の話というのは、まあざっと話すと、このへんでおわりですが、その怪人は、なぜ魚雷のように海面を走ったのか、その謎はさっぱり解けないのです。帆村さん、あなたには、この話をきいて、なにか思いあたることはありませんか」
 飛田警官の話は、大体右のようなものであった。それを聞いていた帆村は、ぶるぶると身体をふるわせ、
「あッ、そうか。それで分った。なぜ、もっと早く気がつかなかったろう」
「えっ、何が?」
 と、正太少年は、ふしぎそうに、このただならぬ帆村探偵の様子を見守った。
「おい正太君。あのイワノフ博士というのも、じつは人造人間だったんだよ」
「ええッ、博士も人造人間ですか。まさか――」
「ううん、それにちがいない。エフ氏は、あの操縦器でうごく人造人間、イワノフ博士の方は、潜水艦の中に操縦器がある人造人間――それだけのちがいだ。それで始めて、潜水艦との関係がはっきりした。どこまで恐ろしい科学の力だろう。われわれ日本人は、しっかりしなきゃならない!」
 と、帆村探偵はそういって、眉《まゆ》をぴくんと動かした。



底本:「海野十三全集 第6巻 太平洋魔城」三一書房
   1989(平成元)年9月15日第1版第1刷発行
初出:「ラヂオ子供のテキスト」日本放送協会出版
   1939(昭和14)年1月〜12月
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。ただし「保土ヶ谷」は底本通りです。
入力:tatsuki
校正:土屋隆
2004年4月20日作成
青空文庫作成ファイル:
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