永いあいだ二人の子供にあわないので帰ってほしいといってきた。そこで二人は近く日本へかえることになったのだ。このことは、うちで決めただけで、まだ領事館へもソ連の官憲へも知らせてないのに、はやくもイワノフ博士がそれを知っているとはおどろいたことだった。
「では、人造人間《ロボット》エフ氏だけ見て、それでおかえりくださーい。マリ子しゃん、恐ろしいですか。恐ろしければ、あなたは部屋の外でお待ちくださーい。正太しゃんだけ、見ていただきます。正太しゃん、きっと感心してくれます」
博士は、にこにこ顔で、兄妹の手をとって廊下づたいに奥へ奥へと案内した。
やがて廊下は行きどまりとなった。
「ここから階段をおりて、地下室へゆきます。マリ子さん、恐ろしいですか。それなら、ここに待っていてください。そこから庭へでてもよろしいです」
「じゃ、マリちゃん。ここで待っててね。僕が来るまで、どこへもいっちゃいけないよ」
「ええ、待っているわ。できるだけ早くかえってきてね、兄さん」
マリ子は拝《おが》むようにいった。正太は博士につれられて、うすぐらい階段をおりていった。
「博士、人造人間《ロボット》エフ氏というのを、なぜそんなに僕に見せたがるのですか」
「うふん、それは――それはつまり世界中で一番すぐれた人造人間だからです。いままでの人造人間は、ゴリラか巨人のように大きかったですが、人造人間エフ氏は、たいへん小さくできています。日本語も、私たちより、なかなかよく話します」
「へえ、日本語を話すのですか、その人造人間エフ氏は――」
「そうです。日本語のほか、英語でも、ロシヤ語でもよく話します。十三ヶ国の言葉を喋《しゃべ》ります。なかなか私、苦心しました」
博士は鍵を出して、扉《ドア》の錠《じょう》をはずした。
「どうぞ、おはいり下さい」
紫色の電灯がついている。なにかじいじいじいと妙な音がしている。よく見ると、電灯の下に、椅子に腰をかけている人間の形をしたものがあった。しかしそれは、変なことに、まるで受信機の中のように沢山の針金が重なりあって、人間の形を保っているだけのものであった。
「エフ氏って、あれですか」
「そうです。エフ氏は、まだ中身だけしかできていましぇん。まだあの上に、肉をつけ、そして皮をかぶせ、人間に見えるようにいたします。まだできあがっていないのです。しかしよく動きますよ。さあ入りましょう」
そういって博士は、正太を室内にひっぱりこんだ。扉《ドア》はぱたんとしまった。
怪しい扉《ドア》の中
こっちは、廊下に待っているマリ子だった。すぐかえってくるという約束の正太が、十分たっても二十分たってもかえってこない。正太はどうしたろう。マリ子は、急に心細くなって、胸が早鐘のように鳴りだした。
(兄さんは、どうしたのでしょう。すぐ出てくるといったのに、まだ出てきてくださらないわ。見物人もみなかえってしまって、こうして待っているのは、あたしひとりなんですもの。ああ、なんだか心細くなって、気が変になりそうだわ)
マリ子は、廊下をみまわした。夕闇が、廊下の隅に、暗いかげをおとしていた。奇妙な塔が窓からじっとマリ子をのぞきこんでいるようであった。
(マリ子さん、兄さんはもうどこかに行ってしまって、のこっているのは、あなたひとりだけですよ)
奇妙な塔は、なんだかそんな風にマリ子に話しかけているような気がした。
「ああ、もういやだ。あたし、これから地下室へいってみるわ」
マリ子は、ひとりごとをいって、廊下を走りだした。
地下室へくだる階段は、もうすっかり闇の中に沈んでいたが、マリ子は兄にあいたい一心で、とんとんとんとかけくだった。階段をおりると、そこにはまた広い廊下があった。そして大きな扉《ドア》をもった室がいくつもあった。
一番ちかい部屋の扉の前に立って、マリ子はこわごわ室内の様子をうかがった。扉のむこうは、しずかであった。人のいるようなけはいはしなかった。
(この部屋ではないらしいわ)
マリ子は、おびえたように、扉を見なおすと、“倉庫”という文字が、マリ子にもよめた。
「あら、ここは倉庫なんだわ」
マリ子は、足早《あしばや》に、廊下を歩いて、次の部屋の前に立った。すると、部屋の中から、じいじいじい、じいじいじいというかなり高い物音がひびいてきた。
そこには“人造人間《じんぞうにんげん》エフ氏の室”と書いてあった。
(まあ、人造人間エフ氏の室、兄さんはここにいるのじゃないかしら)
マリ子は、おもいきって、扉《ドア》をとんとんと叩いた。
「兄さん、正太兄さん。マリ子ですわ」
マリ子は、そういって、しばらく返事をまった。
しかしどうしたものか、マリ子のまっていた返事はきかれなかった。ただ扉の向うでは、あいかわらずじいじいじ
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