ままうごかなくなった。腕ばかりではない、身体全体がこわばってしまって、まるで木でつくった本当の仁王さまのようになった。
「あれっ、どうかしたよ、この受付は」
と、正太は怪訝《けげん》な顔をしているとき、奥から人波をかきわけながらぜいぜい息を切らせてかけつけた一人の禿げ頭の老人があった。
「ドンや。いけましぇん。ああ正太しゃん、マリ子しゃん、待っておりました。さあさあ、こちらへおはいり、ください。この受付に、いいつけるのを、私、わすれていました」
「ああ、あなたはイワノフ博士ですね」
「そうです、イワノフです。ようこそ、正太しゃんもマリ子しゃんも来てくださーいました。こっちへおいでくださーい」
兄妹は、それみたことかと、受付ドンの方をふりかえったが、そのときドンはいつの間にか入口の人波のなかに立って、知らぬ顔をして整理に一生けんめいのように見えた。
「あれっ、変だなあ」
「さあさあこっちへおいでくださーい。あなたがたに、とくべつ見せたい人造人間《ロボット》などたくさんあります」
「とくべつ見せたい人造人間て、なんです」
「いや、なかなか面白くできたものが、あります。私、誰も入れませんが、あなたがただけ、とくべつに家のなかへ入れまーす」
博士は二人をつれて、大きな建物の扉《ドア》の鍵をはずし、兄妹をなかにみちびきいれた。
不思議な動物
兄妹が、一歩室内に足をふみ入れたとたん、とつぜん「うーう、わわわわ、わん」と足もとに吠えついたものがあった。マリ子はびっくりして、あっと叫ぶなり、正太の腕にすがりついた。見れば、それは一頭の小牛ほどもあろうという猛犬だった。
「これ、ダップ。あっちへゆきなさい」博士は、いきなり足をあげて、犬を蹴った。そのときごとんと椅子を蹴ったときのような音がした。犬は尻尾をまいて、奥の方へにげさった。
「すごい犬をお飼いですね」正太がいった。
「なあに、あれは人造犬《じんぞうけん》あります」
「えっ、人造犬ですか。マリちゃん、あれは人造犬だってさ」
「まあ、人造犬なの。すると機械で組立ててある犬なのね。まるで本物の犬そっくりだわ」
「そのとおり、ありまーす、人造犬がくいつくと、手でも足でも、ち切れます。本当の犬なら、そうはなりません」
「じゃ、本当の犬よりつよいのですね」
「そうですそうです。私、なかなか自慢している人造犬です」と博士は上機嫌でいって「もっと面白いものあります。いま、手を叩きます」と、博士はぽんぽんと叩いた。
すると、ういういういと鳴き声をたてながら、カーテンの蔭から、一頭の白い豚が走りいで博士の前にぴたりととまった。
「この豚の背中を見てくださーい。背中が卓子《テーブル》になっています」
なるほど、よく見ればおどろくではないか、白い豚の背中は、板を置いたようになっていた。
「この中に、おいしい酒がありまーす。私、命令する。その酒、コップに入って出てきます」
博士が豚の方に手をさしのばすと、豚の背中がぱくりと左右にひらきその下からうまそうな洋酒が盃にはいって、三つも出てきた。そして背中が閉まると、盃はそのうえにちゃんとのっている。豚の身体が、酒をたくわえる倉庫のようになっているのだった。
「いかがです。酒をのんでくださーい」博士は盃をとりあげた。
「いや、僕たちはのみませんから、博士だけでおのみください」
「そうですか。では私もやめまーす、動く卓子《テーブル》をかたづけましょう」
といって博士は豚のお尻をぽんと叩いた。すると豚は向うへかけだした。かけだしながら、また背中が二つに割れて洋酒の盃が自動的に中にかくれるのが見えた。
「はははは、どうです。面白いでしょう。あれも本物の豚ではなく、私がつくった人造豚《じんぞうぶた》です」
「はーん、あれは人造豚ですか。おどろいたなあ」
「あたし、なんだか気味がわるくなったわ。兄ちゃん、もうかえりましょうよ」
マリ子はしきりに兄の横腹《よこっぱら》をつつき、邸を出ようとさいそくした。
「ちょっとお待ちください。もっと面白いもの見せます。自慢の人造人間《ロボット》エフ氏、見せます」
「もうたくさんだわ」
「いや、人造人間エフ氏、なかなかりっぱな人間です。見ておくと、話の種になります。あなたがた近く日本へかえります。よい土産《みやげ》ばなしができます」
正太はそれを聞きとがめ、
「えっ、僕たちが日本にかえることを、どうして博士はご存知なんですか」
「はははは。それは皆わかります。私には世界中のことが何でもすぐわかります」
博士は、別におかしくもないことを、ははははと声を出して笑いつづける。
未完成のエフ氏
正太とマリ子の父は、このウラジオに店をもっている貿易商だった。二人の母は病弱で、郷里の鎌倉にいるが、だいぶん
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