さっき少年と少女を見たという警官にひきあわせてもらった。
「ええ、私がたしかに見つけました。二人は裏山の方へはいっていったようですがね」
 警官がそういったので、二人は、すぐさま裏山へわけいった。道はだいたい一本筋だった。二人は一生けんめいに、山道を走った。
 あっ、あそこにいる。正太が目ざとく、怪少年と妹の姿を見つけた。下り坂のところを、怪少年がマリ子をひきずるようにして下ってゆく。
「ああ、なるほど、あれか」と大辻は汗をふきながら、
「けしからん怪少年だ。お前さんの妹さんは、へたばりそうじゃないか」
「大辻さん。一二三で、おいかけようや」
「うむ。お前さんはそうしなさい。わしは、この草むらの中を通って、先まわりをしよう。ちょうど、あの曲り道の向こうあたりで、両方からはさみうちだ」
「よし、じゃあ元気でやろうね」
「いよいよわしの大力《たいりき》をお前さんに見てもらうときがきた」
 大辻は、そういうよりはやく、大きなからだを躍らせて、草むらの中にとびこんだが、草むらにはとげのある野ばらが匐《は》いまわっていて、大辻は思うように前へすすめない。
「あいた。ああっ、あいた。どうもこのとげが邪魔をしやがる。野ばらめ、消えてなくなれ!」
 と、ひとりで文句をいっている。そのうちに時間はたつ、大辻は死にものぐるいで、洋服のズボンをとげでさきながら、突進した。やっと道に出たときには、大辻の手も足も、野ばらのとげでひきさき、血だらけになっていた。見ると、目の前に、少女の手をとった少年がいた。
「こいつだな。おい待て、人造人間の化けた怪少年め!」
 とおどりかかろうとすれば、相手は、
「はやまっちゃいけない、大辻さん。僕だよ、正太だよ」
「えっ、正太君か」
「そうだ、いま僕が人造人間をたおして、妹をとりかえしたんだ」
「そうか。そいつはでかした。わしはまた、人造人間め、うまく化けたなと思ったよ。ははは、もすこしで君をなぐり殺すところだった」
 と、大辻が笑いだしたとたんに、少年は、拳《こぶし》で大辻の横腹をどんとついた。
「あっ、うむ。き、貴様は……」大辻は、無念そうに歯をばりばりかみあわせたが、少年の拳につかれた横腹のいたみにたえられなくなって、ばったりその場にたおれ、そのまま気を失ってしまった。けけけけ――というようなこえで、正太とばかり思っていた少年は、笑った。マリ子は笑いもせず泣きもせず、人形のようにつったっている。
 これでみると、大辻が正太だと思ったこの少年は正太ではなく、やはり例の人造人間が化けた怪少年だったのだ。正太はどこへいったのだろうか。


   追跡急!


 助手探偵の大辻は、しばらく気をうしなって、山道にころがっていた。そのうちに、なんだか自分の名前をよばれるような気がして、はっとわれにかえった。
「おやおや、わしはこんなところにねころがって、一体なにをやっていたのかしらん」
 と、起きあがりかけたが、急に顔をしかめ、横腹をおさえてその場に尻もちをついた。
「おい、大辻さん。どうしたのさ」
 そういうこえに、大辻は顔をあげると、そこには正太少年が立っていた。
 それを見ると、大辻はびっくり仰天《ぎょうてん》して、あっと叫ぶなり、その場に一メートルほどもとびあがったと思うと、妙な腰つきをして山道を匐《は》うように逃げだした。
「おーい大辻さん。お待ちったら」
 正太が追いかけると、大辻はますますおそろしげに顔色をかえ、
「うわーっ、人殺しだあ。誰か助けてくれ! うわーっ、人殺しだーい」
 と、まことにみっともない騒ぎ方であった。正太には、なぜ急に大辻が自分を見て騒ぎたてるのかよくわからなかった。もしや気が変になったのではないかとうたがったくらいであった。正太は足が早いから、妙な腰つきで山道を匐うように逃げる大辻には、すぐに追いついた。そこで正太は、やっと懸けごえをして、大辻の背中にとびついた。
「大辻さん、なぜ僕を見て逃げるんだい」
「あっ、人殺しだあ。人造人間がわしの背中に噛みついた! わしはエフ氏にくい殺される!」
 大辻は、もう夢中になってわめきちらし、背中のうえの正太をふり落そうと、そこら中に土ほこりを立ててうしのようにあばれるのであった。“人造人間がわしの背中に噛みついた?”――という言葉が正太の耳に入ると、少年はようやく大辻のひとりで騒ぎたてているわけがわかったような気がした。大辻は正太のことを人造人間エフ氏とまちがえているのであった。無理もないことだ。さっき大辻は、目の前にあらわれた少年を正太だと思いこんで安心していたばかりに、人造人間エフ氏の拳骨《げんこつ》をくらって目をまわしたのであるから正太の顔をみて、またもや人造人間エフ氏があらわれたと思ったのであろう。
「大辻さん、しっかりしておくれよ。僕は
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