ぽくぽく家の方へ歩いているときだった。彼は母にあってよどみなくいうべき言葉を、あれやこれやと考えながら歩いていたので、ついぼんやりしていたらしい。それが、ふと目をあげて、向こうにつづくひろびろとした畑道をながめたとき、彼は意外なものを見つけて、おもわず「あっ」とおどろきの声をあげた。
「あっ、あれはマリ子じゃないか」
 二百メートル先の向こうの畑道を、二人の少年少女が、手をひいて歩いていく。その少女のうしろ姿を見たとき、正太はそれが妹のマリ子だといいあてたのだった。なぜといって、その少女は、船の中にいたときのマリ子の服と同じ服を着ていた。赤い帽子も同じであった。おかっぱの頭の恰好や歩きぶりまで、たしかにマリ子にちがいなかった。
「おーいマリ子」
 正太は、マリ子が誰と歩いているのかを考えるひまもなく、うしろからよびかけた。すると二人は、一しょにくるっと正太の方をふりかえった。そのとき正太は、おそろしいものを見た。
 妹マリ子のそばに立っている連れの少年の顔は、なんとふしぎにも、自分そっくりの顔をしているではないか。こうもよく似た顔の少年があったものだ。
「おーい、君は誰だ」
 正太が声をかけると、かの正太そっくりの少年は、いきなりマリ子を背に負い、後をふりかえりながら、どんどん逃げだした。その足の早いことといったら、韋駄天《いだてん》のようだ。
「おーい、待て。マリ子、お待ちよ」
 正太は、二人のあとをおいかけた。畑道をかけくだってゆくと、郊外電車の踏切があった。マリ子を背負った怪少年は、踏切をとぶように越していった。正太はあと五十メートルだ。
 そのとき意地わるく、踏切の腕木《うでぎ》が下がった。そしてじゃんじゃんベルが鳴りだした。急行電車がやってきたのだ。正太が踏切のところまでかけつけたときは、もうどうにもならなかった。番人は、それとさとって、腕木の下をいまにもくぐりそうな正太をぐっとにらみつけた。
「あぶないあぶない。入っちゃ生命がない!」


   怪少年出没


 おしいところで、正太は妹と怪少年においつけないで終った。踏切の腕木《うでぎ》があがったあとは妹を背負った怪少年の姿はもう小さくなっていた。
 それでも正太は、ここで妹をとりかえさねばいつとりかえせるやらわからないと一生懸命においかけたがもうすでにおそかった。やがて二人の姿は、村の家ごみの中に消えてしまった。
「ああざんねんだ。とうとうのがしてしまった」
 正太は、道のうえに坐って、おちる涙を拳《こぶし》でふいていた。
 怪少年が、マリ子をさらっていったのだった。あの怪少年は、一体何者だろうか。それにしてもマリ子の様子が、ふにおちない。兄が声をかけたのだから、「ああ兄ちゃん」とかなんとかいって、こっちへかけだして来そうなものだ。しかしじっさいは、妹はこっちをみても知らん顔をしていた。じつにふしぎだ。ただ一つ、正太の心をなぐさめたものは、敦賀で見うしなった妹マリ子が、いつの間にか東京へ来ていたことである。マリ子が東京にいるならそのうちにまたどこかで会えるかもしれないと、正太ははかないのぞみをつないだ。正太は、その足で、久方《ひさかた》ぶりにわが家の門をくぐった。
 病床の母は、おもいのほか元気だった。この分なら近いうちに起きあがれるかもしれないということであった。しかし母はマリ子の病気のことをきくとたいへん心配して、正太にいろいろとききただした。正太はつくりごとをはなしているので、母親からあまりいろいろきかれると、返事につまった。
「お母さん、マリ子は、はしかのような病気です、大したことはありません。ただ他の人にうつるとわるいから、あと一ヶ月ぐらい入院していなければならないのです」
 そういって正太は、母親をなぐさめた。それをきいて母親はやっと顔いろを和《やわらげ》たのだった。
 帆村探偵の事務所は、丸の内にあった。ウラル丸の船長からもらった紹介状を出すと、帆村はすぐ会ってくれた。
 この探偵は、背が高くて、やせぎすの青年だった。茶色の眼鏡をかけ、スポーツ服を着ていた。しきりに煙草をぷかぷかふかしながら、正太の話をきいていたが、たいへん熱心にみえた。
「よくわかりました、正太さん」
 と帆村探偵は、たのもしげにうなずいて、
「とにかく全力をあげて、マリ子さんの行方《ゆくえ》をさがしてみましょう。しかしですね、正太君、いまお話をきいて僕がたいへん面白く感じたことは、あなたの見た怪しい二人づれの少年少女と、昨日九段に陳列してあったソ連戦車をどろどろに熔《と》かした怪事件がありましたが、そのときあのへんをうろついていたやはり二人づれの怪少年少女があるのですが、どっちも同じ人物らしいことです。これはなかなか、手のこんだ事件のように思われますよ」
「戦車事件は、新聞でち
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