下するぞ!」
 正太がさけんだそのとき、三つにわかれた編隊は、それぞれ宙がえりもあざやかに、機首をさかさまにしてひゅーっとまいさがる。
 どこを狙っているのか? それはすぐわかった。波間に見えつかくれつしているのは、さっきにげだしたはずの怪潜水艦だ。にげると見せておいて、にげもせず、波間からすきを見て、どどん、どどんと空中へ死にものぐるいの砲撃をはじめているのだった。ずるい潜水艦だ。
 そのとき急降下中のわが編隊は、つばさの下から、黒い爆弾をぽいと放りだした。爆弾は風をきって、海上めがけておちてゆく。そのあげく、どどどーん、ぐわーんという大爆発だ。海上からは、まるで大きな塔のような水柱《みずばしら》がたち、海面にはものすごい波のうねりがひろがってゆく。そのなかに、まっくろな煙がすーとたちのぼりはじめた。おやとおもうまもなく、その煙はどどんと一度に爆発して、海面は一めんの焔の海と化した。潜水艦に命中したのである。卑怯な不法砲撃を海軍機にむかってやったため、とうとうあべこべにやっつけられたのだ。そのころまた次の爆弾が海面にもぐりこんだ。あらためて、ものすごい爆発がおこった。天地はいまにもくずれそうに、ふるえるのだった。高射砲は、すっかりだまりこんでしまった。
 硝煙は海面をおおって、あたりをだんだん見えなくしてゆく。天候もわるくなってきたようだ。そのうちに、飛行機のすがたも、煙霧《えんむ》のなかにとけてしまって、やがて見えなくなった。ただエンジンだけが、つづいてはげしい唸《うな》りごえをたてていたが、それもいつしかとおくになってしまった。ウラル丸の船員といわず船客といわずみんないいあわしたようにほっとため息をついて、なに一つこわれたところのない船体をふしぎそうにながめまわすのであった。


   敦賀《つるが》港


 そののちは、べつにかわったこともなく、ウラル丸はついにめでたく敦賀《つるが》の港に錨《いかり》をおろした。ウラル丸の検疫《けんえき》がすんだ。もうこのうえは上陸してもよいということになった。そこで桟橋《さんばし》に、横づけとなりそして出口がひらかれた。
 まっさきに出口へ突進したのはひげだらけの老紳士大木であった。
「さあ、おまえたちも、わしについて、早く上陸するのじゃ。こんな縁起《えんぎ》のわるい船は、すこしでも早くおりたがいいぞ。さあ、わしについてくるのじゃ」
 大木老人は、正太とマリ子の手をとって、他の船客をらんぼうにおしのけながら、出口をとおりすぎようとする。大木老人はそれでもいいが、彼に手をとられた二人の兄妹《きょうだい》こそ大めいわくだ。マリ子などは、さっきからいくたびか足を踏まれたり、そして顔を大人の洋服ですりむいたり、全くひどい目にあっている。
「もしもし、あなたがたは、切符をどうしました。切符をおいていってください」
 出口にがんばっていた船員が、大木老人たちをよびとめた。
「なんじゃ、切符かね」
 大木老人は、もどってきて、ポケットからしわだらけの切符をとりだした。
「さあ、おまえたちも切符を出して、このおじさんにくれてやるんじゃ」
 大木老人は、兄妹の方をふりかえっていった。正太とマリ子は、それぞれ切符をとりだして、船員にわたした。
「兄さん、はやく出ましょうよ」
 マリ子は正太の腕をひっぱった。そのときマリ子は、兄の腕がたいへん固いので、びっくりした。それをたずねようとおもっているとき、また大木老人がうしろをふりかえって、
「さあさあ、なにをぐずぐずしているのじゃ。早くこっちへおりてこんか」
 と、ひげをうごかしながらどなった。
 マリ子は、それに気をとられてそのまま汽船をおり、桟橋に立った。
「こっちじゃ。この自動車にお前さんがたもおのり。わしが途中まで送っていってやるよ」
 大木老人は、なにもかも胸のなかにのみこんでいる気になって、車の中から兄妹をいそがせた。正太がさきに自動車のなかに入った。
 マリ子もつづいて入った。扉《ドア》はしまる。自動車は、警笛をならしながら、すぐさまたいへんなスピードを出して、桟橋からはしりさった。
 あまりスピードを出したものだから、桟橋ではたらいていた仲仕が、びっくりして身体をかわした。そしていうことに、
「ああ、らんぼうな奴だ。おれが今、あのままじっとしていたら、あの自動車はおれの身体を半分|轢《ひ》いていったろう。なんだって、あのようなスピードを出すのじゃろう」
 そういって、彼はとおざかりゆく自動車の番号を、にらみつけた。


   にせ切符


 それから三十分ばかりたってのことであった。ウラル丸の船客は、もうほとんどみんな出てしまった。出口に立って、船客から切符をうけとっていた切符|掛《がかり》の船員は、すこしつかれをもよおし、あたりはばからぬ大
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