、ほんとの正太だよ」
「いや、もうその手には、誰がのるものか。人殺し!」
「ほんとに正太だというのに、それがわからないのかなあ。大辻さんは、人造人間エフ氏にどうかされたらしいね」
「どうかされたところじゃない。もう一つやられると、この世のわかれになって死んでしまうところだったよ。ほんとにお前さんは、正太君かね」
「いやだなあ。よく見ておくれよ。人造人間じゃない、ほんとの正太だよ」
「いやいや、さっきのエフ氏も、そのようになれなれしい言葉をつかいやがった。そしてこっちの油断をみすまして、ぽかりときやがるんだ。わしはなかなかほんとの正太君だとは信じないよ。それとも、ほんとの正太君だという証拠があるなら、ここへ出してみるがいい」
「なに、人造人間ではなく、ほんとの正太だという証拠を出すんだって?」これには正太も弱った形だった。
「なにかないかなあ」正太は腕組をして考えていたが、やがてはたと手をうった。
「あっ、そうだ。大辻さん、これを見ておくれ!」
「なにっ? おお、なるほどお前さんは人造人間じゃない」
 と大辻は、大安心の顔で叫んだ。どうもふしぎだ。一体、正太は何を大辻に見せたのであろうか?


   かわいそうなマリ子


「あはははは」「わっはっはっはっ」
 正太と大辻とは、しばらくはおかしさに腹をかかえて、笑いがとまらなかった。
「どうだい。大辻さん。よくわかる証拠を見せてやったろう」
「うむ、よく分った。むし歯のある人造人間なんて聞いたことがないからね。お前さんのむし歯も、ふだんは困ったものだが、こういうときにはたいへん役に立つよ。わっはっはっ」
 大辻は、また大きなこえをたてて笑いだした。
 これで分った。正太は、自分の口をあけて、大辻にむし歯を見せたのであった。人造人間にむし歯があるはずはないから、それで正太がエフ氏でないことが分ったのである。
「それはいいが、大辻さんはエフ氏を逃がしてしまったらしいね」
「そうなんだ、ちときまりが悪いがね」
「どっちへ逃げたんだろう。エフ氏はマリ子をつれていたかい」
「いいや、マリ子さんは見えなかった」
「じゃマリ子をどうしたんだろう」
「なにしろ、エフ氏というやつは、足も早いし、力もたいへんつよい。じつに強敵だ」
「ははあ大辻さんは、エフ氏がおそろしくなったんだね」
「いや、おそれてはいない。ただ、あの怪物は、よくよく手
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