どが並んでいたが、別に血痕も見当らなかった。結局、この工場の中には異変が認められなかったので、今度は別館の住居《すまい》へ行って検べた。この方も博士の言葉を信ずるのに参考になったばかりで、夫人の遺書一つ発見されなかったのである。
「どうも相変らず工場の方は苦が手だ」と署長は痛む腰骨を叩きながら云った。これは帰って、昨夜捕えた血まみれ男を調べる方が捷径《はやみち》に違いない。
一行は自動車で引揚げていった。
3
「村尾某の陳述――」
と冒頭して鉛筆で乱雑に書きならべてある警察手帖をソッと開きながら、署長席の廻転椅子にお尻を埋《う》めた丘署長はブツブツ独り言を云っていた。
「村尾六蔵、三十歳か、なるほど……中々面白い名前をつけたものだ。さてその日の足取りは……まず第一が……」
こんな風に、ゆっくり読みかえしてゆく丘署長の遅いスピードにはとてもついてゆけないから次にその要点を述べる。血まみれの怪漢のこの足取り陳述の中には、この事件を解く重大な鍵が秘められてあったことは、後に至って思い合わされたことだった。
(一)村尾某は東丘村《ひがしおかむら》(東西に長く横《よこた》
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