上も、この工場から一歩も外へ出たことがありませんでナ」
 丘署長はフーンと大きな息をして、赤沢博士の顔を見つめていたが、今度は青谷技師のほうへ向き直った。
「君は昨日、何時ごろ帰っていったのかネ」
「八時ごろです」
「トラックに乗ってかネ」
「そうです」
「どこかへ寄ったかネ」
「どこへも寄りません。家へ真直《まっすぐ》に帰りました」
「夫人の失踪について心あたりは?」
「一向にありません」
 署長はジッと青谷技師を見下ろしていたが、
「君は昨日からその靴を履いていたのかネ」といった。その靴には、生々しい赤土がついていた。この辺には珍らしい土だった。
「はあ……今朝工場の内外を探しに廻りましたので……」
 丘署長はそれから二人に案内させて、工場内の主なる室を案内させた。大きな機械のある仕事場も動力室も検《しら》べた。倉庫や事務室もみた。一番よく検べたものは、赤沢博士の自室と、青谷技師の私室と、それから特別研究室の札の懸っている稍《やや》複雑した部屋だった。特別研究室は博士と技師との二人だけが入ることを許されてあったもので、ここで大事な研究がなされた。いろいろと特別の戸棚や、機械や、台な
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