署長はその瞬間フラフラと、脳貧血に陥《おちい》りそうになった。実は血型なんてハイカラなものは考えたことがなかった。今となってこんな痛いところを突かれるなんてあるだろうか。彼の威信はこの瞬間地に墜ちた。
「どうです署長さん」なおも青谷は苛責《かしゃく》の手を緩《ゆる》めなかった。「僕はそのことだけでも無罪の筈です。僕を苦しめてどうなるのです。それより、なぜあの血まみれの容疑者を責めないのです。あんな怪《あや》しい奴をなぜ……」
そのとき、背面の扉がバタンと明いた。そして青谷の知らない男の声がした。
「怪しいとは僕のことですか」
ヌックリと青谷の前に立ったのは、長身の髭《ひげ》だらけの工夫体の男だった。作業服はヨレヨレながら、その声は気味の悪いほどしっかりしていた。
「僕こそ無罪ですよ。署長さんの云ったように貴下には手錠が懸るのが本当です。しかしすこし事実の違っている点がありましたから、訂正して置きましょう。この話の方が青谷君の腑《ふ》に落ちるでしょうから」
「君は誰です?」
「私ですか。人間灰が湖上へ降り注いでいる真下を舟で渡った男です。やがて帽子から顔から肩先から、融《と》けた血で
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