居ないと知っていたのだ。そして約三十分の間に、実に器用な夫人殺害と、屍体の空中|散華《さんげ》とをやって、八時頃なに食わぬ顔で帰ったのだ。どうだ恐《おそ》れ入ったか!」
「それはこじつけです。私はそんなことをしません」
「夫人を殺害しないと云っても、それを証明することができんじゃないか。君に味方するものはおらん」
「そんなに云うなら、私は云いたいことがあります。これは貴下の恥になると思って云わなかったことですが……」
「ナニ恥とは何だ」署長は眼の色を変えた。
「恥に違いありませんよ。貴下方はあの晩湖水の上空から撒かれた人間灰が、珠江夫人のだと思いこんでいるようですが、それは大間違いですよ。湖畔で採取した人肉の血型《けっけい》検査によるとO型だったというじゃありませんか。しかし夫人の血型はAB型です。これは先年夫人が大病のとき、輸血の必要があって医者が調べて行った結果です。O型とAB型――一人の人間が同時に二つの血型を持つことは絶対に出来ません。人肉の主と夫人とは全く別人です。貴下はこんな杜撰《ずさん》な捜索をしていながら、なぜ僕を夫人殺しなどとハッキリ呼ぶのですか」
「ウム。――」
 
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