しまった。
「お前は今ごろ何処へゆくのか。ちょっと交番まで一緒に来い」
 男は素直に腕を取られたまま、駐在所の方へ引張られた。巡査は帽子の下から光る一癖ありげな怪漢の眼から視線を外《はず》さなかった。しかし駐在所の灯の所まで引いてきたときには、腰を抜かさんばかりに駭《おどろ》いた。
 血! 血!
 怪漢の帽子といわず、襟《えり》をたてたレンコートの肩先といわず、それから怪漢の顔にまで夥《おびただ》しい血糊《ちのり》が飛んでいた。大した獲物だった。
「神妙にしろッ。この人殺し奴!」
 腕力に秀でた巡査は、怪漢の手を逆にねじあげると、忽《たちま》ち捕縄《ほじょう》をかけてしまった。
「乱暴をするな、なぜ縛るんだ」
 と怪漢は眉をピリピリ動かして云った。
「白っぱくれるな。なぜ縛られるんだか、云うよりも見るが早いだろう」
 そういった巡査は、壁の鏡を外すと、見えるようにその怪漢の前に差出した。怪漢はハッと顔色をかえて、唇を噛んだ。
 大獲物だった。西風の夜のこの獲物は、鴨《かも》が葱《ねぎ》を背負ってきたようなものだった。うっかり居睡《いねむ》りでもしていようものなら、逃げられてしまう筈《は
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