たった一軒の駐在所が、国道に面して建てられてあった。宿直の若い警官は伝説の西風に吹かれながら怪失踪事件のことを考えていた。この事件は例の伝説と共に、県の検察当局へ報告されたのであるが、そのうち誰か適当な人物を派遣するという返事がきたきりで、あとは人も指令も来なかった。全く相手にされない形だった。これが直ぐ死骸が出てくるとか、血痕が発見されるとかであれば、大騒ぎとなるのであろうが、地味な失踪事件に終っているために、犠牲者が六人出ても、何にも相手にされないのだと思うと、彼は庄内村の駐在所が大いに馬鹿にされていることに憤慨《ふんがい》せずにはいられなかった。今夜こそ、もし何かあったら、それこそ彼は全身の勇を奮《ふる》って、西風に乗ってくる妖魔《ようま》と闘うつもりだった。
 丁度午後十一時半を打ったときに交番の前を、工夫体の一人の男がトコトコと来かかった。彼の男は、立番の巡査の姿を認めると足早やにスタスタと通りすぎようとした。
「コラ、待てッ――」
 と巡査は叫んで、怪漢めがけて駆けだした。
 長身の痩せ型の男は、巡査の大喝《たいかつ》を聞くと、そのまま足を停めた。そして難なく腕を捕えられて
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