右をして帰っていった。
「さあ、これだけ材料が揃えば、まずわしの面目も立つというものだ」
 と署長は呟いた。途端にその背後で例のエヘンという咳払いが聞えたので、署長は急に苦《に》が虫《むし》を噛みつぶしたような顔になった。
「なんじゃ、これは一体」
 とベタ一面に鉛筆を走らせた藁半紙《わらばんし》を署長の鼻先につきつけたのは、もう夙《とっ》くに帰ったものとばかり思っていたK新報社長の田熊だった。
「こんなまどろこしいことはやめろ。これでは殺人事件は何年たっても解けないぞ。号外だって之《これ》までに六遍も出しそこなった。犯人の血まみれ男はどうしたのだ。あいつをここへ引擦《ひきず》り出し給え。一体あの怪漢を、こんどは厳重に囲って見せぬようだが、あれは一体何者だ。とにかくこの次来たときにも、手帖と睨《にら》めくらでは、いよいよ新聞で書きたてるぞ、いいか」
 田熊は云うだけのことを云うと、またスタスタと向うへ行った。
「智恵のない奴は、哀れなものだ」そう云ってニッと意味深い笑いを浮べた署長は、また村尾某の陳述書を読みだしたが、
「そうそうこれを頼まれていた」
 彼は電話機をひきよせると、番号を
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