犯人は確かに、この空気工場の中にいる!」
 そう署長が叫んだとき、卓上の電話がチリンチリンと鳴った。青谷技師がそれを取上げようとするのを、昂奮《こうふん》しきった署長は横から行って、ひったくるように取上げた。
「モシモシ。誰か来て下さい」
 と、上ずった悲鳴が聞えた。
「君は誰だ。名乗り給え」
「ああ、近づいて来る。妻の幽霊だ。助けて呉《く》れッ。ああ、殺されるーッ」
 異様な叫びと共に、電話は切れた、署長の顔は、赤くなったり蒼《あお》くなったりした。電話の主は工場主の声に違いなかった。
「赤沢氏が幽霊に襲われ、救いを求めている。赤沢氏の室へ案内し給え、早く早く」
「えッ、先生がッ。――」
 青谷技師を先登《せんとう》に、署長以下がこれに続いて、室外に飛び出した。階段をいくつか昇って、とうとう特別研究室に駆けつけた。
 扉を開いてみると、居ると思った筈の、赤沢博士の姿はどこにも見えなかった。しかし受話器の外《はず》れた電話機が、床の上に転がっていた。してみると只今の恐怖の電話は、この室から掛けたものに相違ない。博士と幽霊とは一体どこに消えたのだろうか。
 一同は顔を見合わせて、沈黙した。
「オイしっかりしろ署長」と田熊社長が叫んだ。「なんか変な音がするじゃないか」
「変な音?」
 なるほどどこやらから、ピシピシプツプツと、異様な音響が聴えてくるのであった。
「うん、見付けたぞ」
 青谷技師が室の一隅へ飛びこんで行った。そこには青いカーテンが掛けてあった。技師はカーテンをサッと引いた。すると衣装室と見えたカーテンの蔭には、洋服は一着もなかった代りに、白いタンクが現れた。そこにある一つのハンドルに飛びついて、それをグングン右へ廻した。
「それは何だ」と署長が叫んだ。
「これは液体空気のタンクです」と技師は云って、一同の方へ険《けわ》しい眼を向けた。「あなたがた注意をして下さい。その大きな机の後方へ出てくると、生命がありませんよ」
「ナニ、生命がないとは……」
 恐いもの見たさに、一同は首を伸べて、大机の後方を覗《のぞ》きこんだ。
「いま明けてみますから……」
 青谷技師は側《かたわ》らの鉄棒をとって、床の一部を圧した。すると板がクルリと開いて、床の下が見えてきた。床下には普通の洋風浴槽の二倍くらい大きい水槽が現れた。その中を見た一同は、思わず呀《あ》ッといって顔を背《そ
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