を売りました。それから最後の家で、残りの卵の半数と、一個の半分とを売って、それで全部売りつくしました。最初籠に入れてあった卵は何個だったでしょうか。但し、この卵売は卵を実際半分に割ったりしないで、うまく三軒の家に完全な卵を売りました。これを代数で解いて下さい。
青木 先生もう一度いって下さい。
女教 はい、もう一度申します……卵売りのお婆さんが卵を若干個、籠に入れて、町へ売りに行きました。最初の家では卵の半数と一個の半分とを売り、次の家では残りの卵の半数と一個の半分とを売って、最後の家で、残りの卵の半数と、一個の半分を売ってそれで全部売りつくしました。最初、籠にあった卵は何個だったでしょうか。但し卵は、いつも割らずに売りました。これを代数で解いてください。
青木 やあ面白いなあ。まるでナゾナゾの問題だ。これを代数で解けとは、ますます面白い。まず卵の総数をXと置いて、それから……。
女受験生房子 はい先生、できました。
青木 あれっ、もう出来た子がいるよ。
女教 はい房子《ふさこ》さん、出来たんですね。どういう式を立てたか、そこで読みあげてごらんなさい。
房子 はい。まず最初の家で売った卵の数は、Xを二で割って、そこへプラス二分の一個です。これをまとめますと、分母が二、分子がXプラス一となります。仮りにこれをAと置きます。
女教 Aとおくのですか、それから……。
房子 さて、次の家で売った卵の数は残りの卵の半数ですから、XマイナスAを二で割ったものと、そこへ二分の一個を足したものです。このうちAは前に出ていますから、それを代入しまして、結局第二番目の家で売った数は分母が四、分子がXプラス一となります。これをBと置きます。
女教 それまではよろしい、それから……。
房子 最後の家で売った卵の数は、XマイナスAマイナスB、これを二で割ったものと、そこへ二分の一個を足したものですから、これは分母が八、分子がXプラス一となります。これをCと置きます。
女教 それで答は?
房子 Xイコール、AプラスBプラスCですからこれを解《と》いてXは七個となります。
女教 御名算《ごめいさん》です。はじめ籠の中にあった卵は七個でした。
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△音響、パチパチと大勢の拍手
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青木 どうも驚いた。子供のくせに随分出来るんだなあ、僕はもっと代数を勉強しなきゃ駄目だ。あーあー教だんに別の先生が現われたぞ、今度はひげのお爺《じい》さん先生だ。
老教 これこれお前たち、わしの見るところでは、お前たちはどうも教科書に征服されたり、試験に呑まれたりしていてどうもいかんね。お前たちはもっとゆっくりした気持で勉強せんけりゃいかん。さあそこで奇抜《きばつ》な問題を出すぞ。この答案がうまく出来れば試験パスじゃ。これは立体幾何学《りったいきかがく》の問題じゃ、えーと、「幾何学をもって幽霊の存在を証明せよ」どうだ分るか、もう一度いう「幾何学をもって幽霊の存在を証明せよ」問題はそれだけじゃ。
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△音響、大勢がやがや。
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老教 これ、しずまれ。おい青木、お前一つ解いてみろ。さあ立て、男らしく立て。
青木 はあ、幽霊を幾何で証明しろなんて、そんな変てこな問題は解けません。
老教 なんでもいいから立てというんだ。立てば、わしがここからそっと電波を出してお前に教えてやる。
青木 そうですか、教えてくれますか、はい立ちました。先ず平面の世界を考えます。おやおや、これはおかしい。ひとりでに僕の口がすらすらとしゃべりださあ。
老教 まず平面の世界を考えます。それからどうするんだ。先をしゃべれ。
青木 はい先生、平面の世界では縦横《じゅうおう》の長さはありますが、高さというものを知りません。僕達は立体の世界に住んでいるので、縦横、高さ、皆分っています。平面の世界の一例は静かな水面です。水の表面だけの世界を考えて下さい。そして、そこに住んでいる生物をも考えて下さい。
老教 よしよし、それから。
青木 今ここに卵が一個あります。この卵は勿論立体です。その卵を指でつまんで水面に近づけます。そしてそっと放します。さあ、どうなるでしょうか。もちろん、卵は水面を通りぬけて水中に落ちます。さあ、水面の世界の生物には卵が通りぬけるとき、これがどの様《よう》に見えるでしょうか。
老教 はて、どの様に見えるかなあ。平面の世界では、卵に高さがあることは理解できないのじゃから。
青木 まず最初、卵が水面に触れたせつ[#「せつ」に傍点]那《な》を考えましょう。水面の世界では、これが一つの点としか見えません、何しろ、水面より高いところも低い所も見えないのですから。
老教 うむ、なるほど。
青木 そのうちに卵はだんだん水につかって落ちます。水面の世界ではこれがどんな風に見えるでしょうか。いきなり目の前に一つの点が現われたと思う中《うち》に、それが見る見るおおきく円形《えんけい》になって広がってゆく。そして遂《つい》にその円形が最大値に達すると、今度は逆に小さくなって行きます。つまり卵が半分以上水につかると胴が細くなるから、水面に接している面積が小さくなってゆくのです。その中に遂に点になり、そして消《き》え失《う》せます。水面の世界では、卵が落ちていったんだとは知らない。はじめは目の前に点が現われ、それが見る見る大きく拡《ひろが》ってゆくと見る間に今度はどんどん小さくなりはじめ、やがてぱっと消えて了《しま》った。何だか訳が分らないものを見た。これこそ予《かね》て聞き及んだ幽霊というものだろうと思うでしょう。
老教 ごたごたした云い方《かた》じゃが、まあそのへんだろうね。それからどうなる。
青木 それから……今度は我々の立体世界に現われる幽霊を証明します。我々人間は縦《たて》、横、高さの三つしか知らないが、今ここに、もう一つなにか人間の感じないものを備えている超立体世界《ちょうりったいせかい》があったとしましょう。この超立体世界の卵かなんかが、いま突然我々の目の前をとおりぬけたとしたら、それはどんな風に見えるでしょうか。まず、はじめはぽつんと点があらわれますね。それが見る見る膨《ふく》れてやがてゴム毬《まり》のようになり、更にだんだんおおきくなって、ガス・タンク位になりました。と思うと、今度はどんどん縮《ちぢ》みはじめて、あれよあれよといううちに、元のゴム毬位の大きさになり、やがてぱっと消えてしまいました。さあ人間はびっくり仰天《ぎょうてん》、これをなんていうでしょうか「ああ、わしは今そこで幽霊を見たよ」って!
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つまり、超立体世界のものが我々の立体世界に交《まじ》わると、それが幽霊に見えるのです。
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△幽霊の消える擬音《ぎおん》と怪奇《かいき》音楽よろしくあって……。
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   第三景 受験生の親達


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△遠くでラジオが聞えだす。(浪花節《なにわぶし》か義太夫《ぎだゆう》か)
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受験生の母親 えー、頭足類《とうそくるい》はたこ[#「たこ」に傍点]に、いいだこ[#「いいだこ」に傍点]に、ま烏賊《いか》、するめ烏賊、やり烏賊の五つ。この頭文字を読むと、たいますや。えー次は、腹足類《ふくそくるい》、これは四つ、あわび[#「あわび」に傍点]にとこぶし[#「とこぶし」に傍点]に、さざえ、たにし、この頭文字を読むと、あとさた。えー、たいますや[#「たいますや」に傍点]に、あとさた[#「あとさた」に傍点]……。
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△この辺で大きな鼾《いびき》の音が聞えだす。
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母親 えー次は斧足類《ふそくるい》。蛤《はまぐり》に蜆《しじみ》に……。
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△鼾《いびき》が一段と高くなる。
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母親 あーら、なんでしょう。ああ鼾だわ。誰の鼾でしょう。お父さんはまだだし、ねえやは留守だし、するとーすると道夫かしら。あ、道夫だ。受験準備の勉強を怠《おこた》って居睡《いねむり》をするなんて、まあ情けない人ね。
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△音響、畳をけってたち、隣室《りんしつ》の襖《ふすま》をあける。
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母親 まーあ、道夫、なぜ居睡なんかするんです。そんなことじゃあ、高等学校の入学試験が受かりませんよ。さあ起きなさい。元気を出して。
道夫 ああっ、ああーっ。今日は睡《ねむ》いなあ、お母さん、今日は体操の時間にうんと駈足《かけあし》をしたんで、睡いんですよ。
母親 あーら、そうかい。困ったね。まだやらなければならない問題がうんとあるんだよ。一晩に七十五題はやるようにしないと、入学試験までにとても受験書を皆すませやしないわ。元気を出してよ。お母さんは拝《おが》むから。
道夫 だって睡いんですよ。脳髄がまるでよそから借りてきたみたいで、ちっとも働かないんです。
母親 まあ、いけないわねえ。じゃ仕方がない。頭を悪くしちゃだめだから、今日はもうお寝《やす》みなさい。ぐーっと睡るといいわ。睡眠剤《すいみんざい》をのんでやすむのよ。いいかい。
道夫 (いよいよ睡そうに)えーえ、あーあー、
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△蒲団《ふとん》を出す音。母親は襖をしめて、もとの茶の間にかえってどさりと座る。
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母親 本当に道夫に代ってやりたいわねえ、あたしなんかちっとも睡かないわ……さあ、もっと先を勉強しておきましょう。道夫がどの位勉強したかを験《ため》すのは、あたしが道夫以上に、何でも覚えてなくちゃいけないんだわ、一人子《ひとりっこ》の母親って、誰でもこんなにやきもきするものかしら。(気分をかえて)えー斧足類は蛤に蜆に牡蠣《かき》、あさり、あげまき、帆立貝《ほたてがい》、赤貝、ばか貝。
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△音響、格子ががらがらとあく。(父親の帰宅)
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父親 なんだ。赤貝にばか貝か大変な御馳走だな。しかし、ばか貝は止《よ》してくれ。青柳《あおやぎ》という粋《すい》な名があるじゃないか。
母親 お帰りなさいまし。あなた、御飯はもうお済みになりましたの。
父親 どういたしまして。これから洋服をぬいで、そこの長火鉢《ながひばち》の前で御馳走になるてえ順序でござんす。
母親 まあ……。
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△洋服をぬぎ、洋服かけがちゃつく。同時に膳部《ぜんぶ》の仕度の音、薬鑵《やかん》、飯櫃《おひつ》の音。
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母親 さあ、どうぞ。
父親 よお、どっこいしょ、と……ああ道夫はどうした。
母親 あのう、たいへん睡くて、脳髄がお豆腐《とうふ》のようになりそうだと、こう申しますので、お先に寝かしてやりました。
父親 おおそうかい。道夫も此頃《このごろ》受験準備で、可哀想《かあいそう》な位つかれているね。すぐ寝かしてやったとは、お前にしちゃ大出来《おおでき》だ。
母親 さあ、どうぞ。
父親 ああ。山盛《やまもり》よそってくれ。ああ腹が減った。
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△音響、茶碗を盆《ぼん》にのせる音。つづいて飯櫃をひらく音。
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父親 おや、赤貝に青柳が出ていないぜ、おい、どうしたんだ。
母親 はい。大山盛です。
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△父親、飯を頬《ほお》ばる。
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父親 赤貝に、青柳に
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