出来るんだなあ、僕はもっと代数を勉強しなきゃ駄目だ。あーあー教だんに別の先生が現われたぞ、今度はひげのお爺《じい》さん先生だ。
老教 これこれお前たち、わしの見るところでは、お前たちはどうも教科書に征服されたり、試験に呑まれたりしていてどうもいかんね。お前たちはもっとゆっくりした気持で勉強せんけりゃいかん。さあそこで奇抜《きばつ》な問題を出すぞ。この答案がうまく出来れば試験パスじゃ。これは立体幾何学《りったいきかがく》の問題じゃ、えーと、「幾何学をもって幽霊の存在を証明せよ」どうだ分るか、もう一度いう「幾何学をもって幽霊の存在を証明せよ」問題はそれだけじゃ。
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△音響、大勢がやがや。
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老教 これ、しずまれ。おい青木、お前一つ解いてみろ。さあ立て、男らしく立て。
青木 はあ、幽霊を幾何で証明しろなんて、そんな変てこな問題は解けません。
老教 なんでもいいから立てというんだ。立てば、わしがここからそっと電波を出してお前に教えてやる。
青木 そうですか、教えてくれますか、はい立ちました。先ず平面の世界を考えます。おやおや、これはおかしい。ひとりでに僕の口がすらすらとしゃべりださあ。
老教 まず平面の世界を考えます。それからどうするんだ。先をしゃべれ。
青木 はい先生、平面の世界では縦横《じゅうおう》の長さはありますが、高さというものを知りません。僕達は立体の世界に住んでいるので、縦横、高さ、皆分っています。平面の世界の一例は静かな水面です。水の表面だけの世界を考えて下さい。そして、そこに住んでいる生物をも考えて下さい。
老教 よしよし、それから。
青木 今ここに卵が一個あります。この卵は勿論立体です。その卵を指でつまんで水面に近づけます。そしてそっと放します。さあ、どうなるでしょうか。もちろん、卵は水面を通りぬけて水中に落ちます。さあ、水面の世界の生物には卵が通りぬけるとき、これがどの様《よう》に見えるでしょうか。
老教 はて、どの様に見えるかなあ。平面の世界では、卵に高さがあることは理解できないのじゃから。
青木 まず最初、卵が水面に触れたせつ[#「せつ」に傍点]那《な》を考えましょう。水面の世界では、これが一つの点としか見えません、何しろ、水面より高いところも低い所も見えないのですから。
老教 うむ、なるほど。
青木 そのうちに卵はだんだん水につかって落ちます。水面の世界ではこれがどんな風に見えるでしょうか。いきなり目の前に一つの点が現われたと思う中《うち》に、それが見る見るおおきく円形《えんけい》になって広がってゆく。そして遂《つい》にその円形が最大値に達すると、今度は逆に小さくなって行きます。つまり卵が半分以上水につかると胴が細くなるから、水面に接している面積が小さくなってゆくのです。その中に遂に点になり、そして消《き》え失《う》せます。水面の世界では、卵が落ちていったんだとは知らない。はじめは目の前に点が現われ、それが見る見る大きく拡《ひろが》ってゆくと見る間に今度はどんどん小さくなりはじめ、やがてぱっと消えて了《しま》った。何だか訳が分らないものを見た。これこそ予《かね》て聞き及んだ幽霊というものだろうと思うでしょう。
老教 ごたごたした云い方《かた》じゃが、まあそのへんだろうね。それからどうなる。
青木 それから……今度は我々の立体世界に現われる幽霊を証明します。我々人間は縦《たて》、横、高さの三つしか知らないが、今ここに、もう一つなにか人間の感じないものを備えている超立体世界《ちょうりったいせかい》があったとしましょう。この超立体世界の卵かなんかが、いま突然我々の目の前をとおりぬけたとしたら、それはどんな風に見えるでしょうか。まず、はじめはぽつんと点があらわれますね。それが見る見る膨《ふく》れてやがてゴム毬《まり》のようになり、更にだんだんおおきくなって、ガス・タンク位になりました。と思うと、今度はどんどん縮《ちぢ》みはじめて、あれよあれよといううちに、元のゴム毬位の大きさになり、やがてぱっと消えてしまいました。さあ人間はびっくり仰天《ぎょうてん》、これをなんていうでしょうか「ああ、わしは今そこで幽霊を見たよ」って!
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つまり、超立体世界のものが我々の立体世界に交《まじ》わると、それが幽霊に見えるのです。
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△幽霊の消える擬音《ぎおん》と怪奇《かいき》音楽よろしくあって……。
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第三景 受験生の親達
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△遠くでラジオが聞えだす。(浪花節《なにわぶし》か義太夫《ぎだゆう》
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